11.じわじわと首を絞めていく

 交易船を片っ端から沈めていく。空を飛べる種族と海に暮らす一族が力を合わせれば、成果は確実だった。魔族は種族ごとに特性や性格が大きく異なるため、ここまで大規模な共同作戦を行わない。協調性に欠けるため、長期間の作戦は難しかった。


 今回のように目的が同じで、短期間の作戦ならば十分に機能する。机上の空論でしか戦いを知らないガブリエルだが、その能力は非常に高かった。戦盤とはいえ、魔王や竜族の長など実力者に師事したのだ。考え方の基礎は身に付いていた。


「ここまでは順調だ」


「何か不安か?」


 巨大な魚の背で翼を休めながら呟けば、巨大魚は返事を寄越す。独り言のつもりだったガブリエルだが、無視する状況を避けるために会話を続けた。


「オレは実際の戦場をほぼ知らない。年齢から判断できるだろう?」


「ああ、なんだ。そんなことか」


 船を巨体で潰し、人を鰓で濾して食べる魚は身を震わせた。笑っているのか。地上の生き物とは生態が違い過ぎて、よく分からない。


「あんたは魔王様だ。どんと構えて命じればいい。わしらはきちんと従う。失敗したら全滅するが、その場合、責任も吹き飛ぶから気楽にいけばいいさ」


 驚いてぱちりと瞬きする。俯くように己の鱗を見つめ、ガブリエルは「そんなものか?」と首を傾げた。かなり乱暴な理屈のような気がするが。


「全滅したら、詫びる相手も自分も死ぬんだ。魔神様が何とかしてくださるさ」


 ふっと肩の荷が下りたように軽くなった。背負い過ぎていたのか? 魔王の座に就いて、全員を生かす方法を模索してきた。それも含めて、この魚は好きに戦えばいいと笑い飛ばす。ガブリエルより長く生きた魚の言葉に、反発はなかった。


 なるほど、と納得する。魔族存亡の責任を負うのが魔王だが、滅びてしまったら詫びる相手がいなかった。もしかしたら、先代のナベルス様に叱られるかもしれない。死後の世界があるなら、素直に詫びて叱られよう。それも含めて、覚悟を決めたのだ。


「ふむ、お前が焼き魚にならないよう頑張るよ」


「そうしてくれ。わしの理想は老衰で、子孫らの餌になる未来だからな」


 くくっと笑い、休ませた翼を広げる。沈めた船の帆先や破片の上で休んでいた魔族が、期待の眼差しを向けた。沈めた船の数はすでに十隻だ。人族側も資材や食料に大きな影響が出て、こちらへの対策を考え始める頃だろう。


「しばらく海辺から離れていろ」


「おう。魔王様もまた寄ってくれ」


 気軽に挨拶をして、ふわりと浮き上がる。助走も羽ばたきも不要だった。膨大な魔力を海面に当てて浮力を得る。見守る種族が、その余波を利用して空に舞い上がった。黒い竜を中心に、白や灰色、赤などの翼が風を受けて空を彩る。


「引き上げるぞ」


 承知の響きを確認し、北へ進路を取った。ここまで荒らせば勇者達が動く。追いかけてきたところで、我々はすでに北へ引き上げている。再び北へ戻る頃、今度は西の街道を潰してやろうか。じわじわと周囲から詰めて、逃げ場を奪う。人族はどこまで我慢できる?


 自分達を守るはずの勇者が、まったく機能しないことに。生活必需品が足りなくなり、日常生活に不自由を感じても、勇者を支持する者など少数だ。先代魔王を倒した実績すら疑われる頃、絶望の中で息絶えるがいいさ。暗い予想に口元を緩め、ガブリエル達は本拠地へ飛んだ。

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