不遇職と言われたクラフターを優遇職に!
黒井隼人
不遇職への選定
選定の儀式
毎年年末に行われるその儀式はその年に10歳になった少年たちが神によって自らの職業を選定されるものだ。
その選定の基準は主に二つ。
一つは『才能』。
その子が生まれもった素質によって何が適しているかが選ばれている。
もう一つは『経験』。
これは10歳になるまで何をしていたかが反映される。
例えば剣術の鍛錬をしていれば、剣士が選ばれやすく、裁縫などをたくさんやっていると裁縫士になったりする。
『才能』と『経験』。そのどちらか、もしくは両方を考慮されて職業は選ばれる。
そして今日この日、王都から離れた田舎町で選定の儀式が始まる。
「クレイ君」
教会に勤めている神父が穏やかな笑みで名前を呼ぶ。
「行ってこい」
「緊張しなくても大丈夫だからね」
両親に背中を押され、神父のところへと歩いていく。
「さあ、力を抜いて、このオーブに手をかざして」
示されたオーブへとゆっくり手を伸ばす。
触れるかどうかといったところでオーブがわずかに輝きを放った。
そこで手を止めると、輝きと共に少しずつオーブの中に文字が浮かび上がっていく。
その文字はそれぞれ変化していき、そしてある一つの職業を示した。神父がそれを読み上げる。
「クレイ君の職業は『クラフター』です!」
その言葉に教会の中にいる人々がざわついた。
そしてクレイの両親もショックを受けたようなどこか辛そうな表情を浮かべている。
ざわついている人々の声もどこか同情的な声が多かったりもする。
しかし、当のクレイ本人はというと目をキラキラとさせ、その表情には喜びがあふれていた。
王都から離れた田舎にて生まれたクレイは何の変哲もない子供だった。
ただ一つ違うところがあるとしたら物作りに人並み以上の興味を持っていたということだけだ。
その興味の始まりは母親が作っている料理だった。
野菜や肉。そのままで食べたいとは思えない物。それらを刻み、炒め、煮て、味付けし、とても美味しそうな料理へと変貌させた。
その光景を見て物心ついたばかりのクレイは目をキラキラさせていた。
そして次に興味を抱いたのも母がやっていた裁縫だった。
その時母がやっていたのは穴が開いた父の服を直すことだった。
狩人として生計を立てている父は、森の中へいつも入っていく。
それゆえに木の枝に引っ掛けたり、たまに出てくる魔物などとの戦いで服や防具に穴が開くことがある。
防具などはさすがに直すことはできないが、服などに関しては自宅で直している。
たまにできる布のあまりなどでパッチワークのように縫っていく様子を最初はただ眺めていた。
ただ、その布の色使いなどで先ほどまでくたびれた様子のシャツが少し明るく爽やかな様子へと変貌した。
その様を見てまたクレイは目を輝かせていた。
料理や裁縫、それらに興味を持ったクレイが家の外へと出ることができるようになったら、他の物作りへと興味が惹かれるのは当然だった。
一本の木から様々な物を作り出す木工。
動物や魔物から採れる皮を加工し、靴や手袋を作り出す革細工。
高温の鉱石を溶かし作られたインゴットから武器や農具を作り出す鍛冶。
糸から作られた布、そしてその布から様々な服を作り出す裁縫。
そして野菜や肉といった食材から多種多様の料理を作り出す調理。
ジャンルを気にせず、クレイは自分が惹かれる物をどんどん手伝っていく。
当然火を扱うものは危険なのでできないことも多かった。
だけど、それでもクレイは楽しかった。少しずつ姿を変えていく素材たち。そしてそれによって生まれていく物たち。
得手不得手はクレイにもあった。だけど、それすら気にならないくらい物作りに没頭していた。
そしてそれらを知っている職人たちも子供であるクレイに教えられる範囲で少しずつ教えたりしていた。
それゆえに誰もがクレイが生産職に選ばれると思ってはいた。
得手不得手はあり、どれになるかはわからないが、どれになってもいいと教えている職人たちは思っていた。
あれだけ楽しそうに教わってくれていたんだ。これから先、本格的に教われば大変なことは多くても乗り越えてくれるだろう。そしてできれば自分の弟子になってくれると嬉しいと思っていた。
それなのに…
「クラフター…あの不遇職の…?」
「まじかよ…よりにもよってクラフターだなんて…」
「クレイはいろんな人に教わってたからな…それがまずかったか…」
クレイは興味が惹かれた物を教わりたがっていた。それゆえに誰かのところで集中的にというわけではなく、一度教わり、それが一区切りついたらまた別のところで教わり、といった事を繰り返していた。
それゆえに選定の基準の一つである『経験』がクラフターを選出させたのだろう。
そして『才能』という部分でもクレイは生産職に関してはあった。その才能に関してもそれぞれの職業に多少の差はあれど、それ一つに絞って教わっておけば努力で上回る程度の差だ。
平均的な生産職に対する才能。そして興味からなった複数の作業場での経験。それらが全体的な生産ができる『クラフター』への決定打となった。
「あなた…」
「…大丈夫だ。どんな職業でも今までと変わりはない」
クレイの両親もどこか悲観的な表情を浮かべている。
数ある生産職の中でクラフターは不遇職として有名だ。おそらくクレイもそれは知っているだろう。
だから今一番落ち込んでいるのはクレイのはずだ。たとえ不遇職になったとしても、親である二人だけは今までと変わらずあの子を愛する。そう決めていた。
そしてクレイの選定が終わり、振り返る。不遇職に選ばれたクレイが落ち込んでいると全員が思っていた。しかし、振り返ったクレイ表情は、何度も見たことがある、希望と期待に輝いた目をしていた。
「ク…クレイ…?」
「お父さん!僕クラフターになれたよ!!」
その表情はまさに心底クラフターになれたことを喜んでいる表情だった。とても不遇職に選ばれたとは思えないほど喜んでいる。
「あ…ああ、よかった。それにしてもなんでそんなに喜んでいるんだ?不遇職って言われているのは知ってるだろ?」
「うん!」
クラフターが不遇職だといわれているのには理由がある。
クラフターは他の生産職とは違って様々な物を分け隔てなく作ることができる。
しかし、その実力に関しては器用貧乏であり、本職には遠く及ばない。
どれだけ作品を作り上げ、練習を重ねても、本職が作り上げた物には勝てないのだ。
それ以外にももう一つクラフターのみができることがある。
それが付与魔法と呼ばれるものだ。クラフターは他の生産職とは違い、魔力を使って加工する。それの技術によって様々な物を作れるが故か、装備や道具に付与魔法という特殊な能力を付与することができる。
しかし、これらに関しても問題がある。
それが『本職が作ったものには付与できない』という問題だ。
神から与えられた生産職は少し特殊であり、それぞれが作成した物には独特の魔力が宿る。
これはクラフターにも該当しており、クラフターが作ったものに対して、別のクラフターが付与魔法を付けるということは可能だ。
だが他の本職が作ったものにはそれぞれの魔力が宿り、クラフターの魔力ははじかれて付与魔法を付けることができないのだ。
作るものは本職に負け、付与魔法は本職が作ったものにはつけれない。それがクラフターという職業だ。
「だって、物作りって楽しいじゃん。どれか一つなんて選べないよ」
「それは…そうかもしれないが…」
生産職になった際、その生産以外はやりにくくなる。全部やることができるのはクラフターのみだ。
「大丈夫!僕がクラフターは不遇職なんかじゃないって証明してみせるから!だから手伝ってね!!」
満面の笑みでクレイがそう宣言する。
不遇職として冷遇されているクラフター。その待遇に変化を及ぼす天才クラフターと呼ばれたクレイの物語はここから始まった。
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