美味




 とにかくチヤホヤすれば元に戻るから。

 九劉にそう言われて研究所兼自宅から追い出された道香は、これ以上は無駄だなと見切りをつけて自宅に戻ろうとしたが、夕飯がないことに気づいてスーパーへと向かい、目についた三割引の海苔弁当を手に取って、さっさとスーパーから出て自宅へと戻った。


「チヤホヤっつってもなあ」


 自宅に戻って、手洗いうがいをして、居間にある丸い食卓に着いて、買って来た海苔弁当を温めることなく、もらった割り箸を使って食べ始めた。

 きちんと三十回噛んで。

 味わうということはしない。

 食べるのは、ぜんぶがぜんぶ、腹を満たし身体を動かすために必要だからしているだけ。

 美味い、美味くないなどの感想は持たないし、不要だった。

 別段、それでもよかったはずだ。


 お節介な九劉がクロウを自宅に持ち運んでさえこなければ。

 今のように、食事に、味気ない、などの感想を抱くことはなかったのだ。


「まあ。元々クロウなしで生きていけたわけだし」


 本棚、箪笥、パソコン、仕事用の机と椅子、ベッド、クーラー、カーテン以外なく殺風景だったこの自宅に、食器棚やら食器やら料理道具やら食卓やら椅子やら観葉植物やらを持ち運んだのは、クロウだった。


 食べることは大切です。

 美味しく食べることはとっても大切です。

 そう言ったクロウを好きにはさせていた。

 自宅がどうなろうと、どうでもよかった。

 寝て、食べて、シャワーを浴びられる空間と時間さえ確保できればどうでも。


「どうでもよかったんだけどなあ」


 食べ終えた道香はゴミ箱に弁当箱だったプラスチック容器と割り箸、家に会ったペットボトル茶を捨てると、仕事用の机が置いてある自室へと向かったのであった。

 クロウを肩に乗せたまま。











(2023.12.21)



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