瑠狼弐騒動⑥

 作戦が始まり、鳴海が逮捕状を読み上げると共に前線隊の第一班は埠頭の集会に踏み込んだ。

急な突入に呆気を取られた暴走族を迅速に確保していく。

流石日本の警察も捨てたモノではない。

しかし一つだけ想定を上回る事があった。


「な! 貴様ら抵抗する気か!」


 抵抗の意思を示す数名の若者が武器を構える。

その武器はこれまでの寄せ集めの装備などではない。

確実に相手を倒す為の高いクオリティの武器だった。

そう。まるで紫村が造る特亜課隊員専用の武器の様な。


「刑事部! 下がれ!」


いち早く、というよりまるで先に分かっていたかの様に・・・・・・・・・・・・・・・鳴海は最前列で武器を構える。

まるでハウスミュージックの華麗なステップを踊る様な足捌きで鳴海は両手に持った剣を振るってみせた。

その尋常でない反応速度で強い武器を持たない他の警官達は体制を立て直す。


「ちっ! 何だコイツ!」

「反応速すぎんぞ!」


 鳴海の動きには暴走族の若者達も混乱を隠し得ない。

しかし鳴海は暴走族の戦闘能力など初めから気に留めてはいなかった。

問題は彼らの持つ武器だ。

何故突然これ程の武器を入手できたのか。

そもそもどの様にして手に入れたのか。

何よりこれ程の武器を造る人間が紫村以外にいるというのか。

分からない事など考えても答えはでない。

鳴海は意識を集中させてバグを使った。


(この武器全然使えねぇじゃねぇか!)

(何だコイツ強え! 何モンだぁ!?)

(鳴海さん強過ぎないか!?)

(威力高くても当たんねぇじゃねぇかよぉ!)


 近くにいる人間の考えが雪崩込むように鳴海の意識に入ってくる。

付近の人間の心を読む。これこそが鳴海のバグ“心響音”の本来の力なのだ。


【心響音】。常人の約十五倍の聴力を持つ。反響音などで空間の位置関係を正確に把握するエコーロケーションの能力もある。また、付近の人間の心を読む事ができる。しかし発動と同時に雪崩込むように心を読むので必要な情報の取捨選択は自身次第。


 鳴海は動きを止めずに更に意識を集中させる。


(これが特亜課“上位”の実力!)

(クソ! このままじゃ全員一人にやられちまうぞ!)

(折角拳心さんが亜人解放軍・・・・・から買ったってのによ!)

「見つけた!」


 ただ一人何かを知る者の頭の内が流れ込んできた。

鳴海はすぐさま判別して走り出す。

しかし一瞬で起きた異変に大きな跳躍で後退した。


「なんだ…? お前は……?」


 人混みを吹き飛ばす様に出現した“亜人”。

暴走族の只中に紛れていたというのか。などと考えながらそんな事はあり得ないと首を振る。

何故なら“亜人”は感染してすぐに症状を現す。

もし頼羽拳心以外にもいたのであれば既に情報が入っている筈だからだ。

一回り以上に大きくなった肢体に近くにいた暴走族のメンバーも思わず逃げ出してしまう。

 麦は速やかに鳴海の横に並び立ち頭に入れてある暴走族の主要メンバーの名前と顔を一致させる。


「恐らく彼は“瑠狼弐”の二代目総長縁田 雪エニシダ ユキです!」


 麦の素早い対応に鳴海は頭を切り替える。


「アイツが二代目のか……情報提供感謝する」


 何故“亜人”になったかは二の次。終わってから考えればいい。

まずはこの“亜人”を倒す事が最重要事項と言えるだろう。

 すぐに臨戦態勢を取ろうとする鳴海。

しかし麦にはまだ拭えない謎と不安があった。


「鳴海さん…………この“亜人”は………何ですか?・・・・・

なに・・…だと? 流石に急遽なった理由など俺でも……!?」


 突然意味のない質問をした麦に端的に答えようとするも鳴海はすぐに異変に気づいて視線を注力させる。


「コイツは……何の種類だ…?・・・・・・・


 それは“亜人”という性質上あり得ない事。

“亜人”とは理由は定かではないが全ての生物が伝説上・・・物語上・・・に登場する怪物の姿になる。

全て例外無くだ。

だが目前に現れた“亜人”はどこか可怪しい。

巨大な肢体に紅く隆々と浮き出る血管。しかし角は無く顔は獣の様に鋭い牙と歪な顔立ちを持つ。何より背中には生えている筈のない二本の腕。計四本の腕を持っているのだ。

四本腕の存在は神話上にも少なからず存在する。

しかしそのどれとも合わない特徴。

 鳴海は先程頭に入り込んできた言葉を思い出す。


(折角拳心さんが亜人解放軍・・・・・から買ったってのによ!)

「亜人解放軍……………」


 鳴海は何かに気づいた様に目を見開く。


「まさか……コウセイ・・・・………か?」


 呟いた言葉は無意識のもの。

意図を知らない麦には意味の分からない呟きだ。

しかしどこか確信めいたモノを持った鳴海は再度力強く二本の剣を握る。


「………俺はコイツとの戦闘に入る。緋色、お前は今すぐ前線を出て中継地点にいる連絡役にこの事を伝えてくれ」

「え? ですがこの“亜人”を一人では……」

「俺は“上位四席”だ。行け、緋色」


 強い説得力を持った言葉。

麦は力強く頷いた。


「分かりました! 伝えてきます!」


 速やかに前線を離脱して麦は後方へ下がる。

鳴海は謎の“亜人”と向き直った。


「さて………やるか」


 大きく一歩を蹴り走った。













 「今、俺はどうしたい?」


 英雄は自分の胸に聞いた。

答えなど元々決まっている様なモノ。

しかしその前に迷いや戸惑いという壁があった。

だがもう平気だ。

迷いはない。戸惑いもない。

 英雄はゆっくりと立ち上がった。


「どうしたァ? 渦巻」


 英雄が決意を固めて地に足をつけると近くに滝澤が立っていた。

滝澤は睨みつける様に鋭く英雄を見つめる。

この感じはもう英雄が何をしようとしているかは気づいているのだろう。

そうだとすれば滝澤のやる事は分かる。

何せ今英雄はこの場を離れてしまおうとしているのだから止める他無い。

 滝澤のバグは【再構築サイコウチク】。

構築バグの中では特殊で、無から有を創り出す事はできないが触れた物の形を自在に変える事ができる。素材そのものの変換はできないが複雑な武器などは構造を理解さえしていれば可能だ。

 機動隊の隊長でもある滝澤は戦えば手強い相手だ。

だが英雄は引く訳にはいかない。

拳心と話を・・しなければならないからだ。

 英雄は固く拳を握り締めた。

しかし滝澤から発せられたのは思わぬ言葉だった。


「………行きてぇんだろ? テメェのダチのとこに」


 それは本音を突く一言。

しかしそれを聞かれる事くらいは予想していた。

英雄が逆の立場だって聞くだろうからだ。

だが滝澤は想定外の事を言ってきた。


「なら行って来い。こっちはテメェらがいなくても問題はねぇ」

「……え?」


 行って来い。間違いなく滝澤はそう言った。

聞き違いではない。

それはあまりに予想だにしない言葉だった。

絶対に止められるとタカを括ってさえいたというのに。

まさか背中を押されるとまでは流石に予想などできようものか。

 理解が追い付かず空悟は苦笑いで会話に加わる。


「え? ほんまですか滝澤さん? それってつまり任務の───………」

「みなまで言うな藍舘ァ。俺ァそれを分かってて言ってんだよ」


 空悟が途中で切られた言葉の続き。

それは当然これから英雄が行おうとしている行為。

いわゆる任務放棄だ。

それは例え特亜課が特殊部隊でなくとも許される事ではない筈の事。

しかし滝澤は理解した上で許可を出した。

 英雄も空悟もお互いの目を見合わせて未だ掴めていない状況に首を傾げる。

だが二人の疑問に滝澤は真正面から答えてみせた。


「ダチより大事な仕事なんざねぇ! その為に仲間がいるんだァ!」


 面と向かって伝わってくる本気の言葉。

それはルールという組織において大事な理を侵す行為に等しい。

だが滝澤にはそもそも今回の件でルールを重視する選択肢などなかったのだ。

それはたとえ規則やルールがあろうともそれよりも“情”を大切にするという滝澤の絶対の“正義”。

 滝澤はニッと笑ってみせた。


「行け渦巻ィ! ケツは俺が持つ!」


 滝澤の想い。それを無駄にする様な無粋な真似などできようものか。

そんな不義理な事などできようものか。

 英雄は力強く頭を下げた。


「はい! 行ってきます!」


 それは敬語の苦手な英雄から本音で出た感謝の敬語。

 何となく英雄と空悟には滝澤が慕われている理由が分かった気がした。


「おぉし! 藍舘ァ! テメェ確か単車の免許持ってたよなァ!」

「おん? あ、オス! 持ってます!」

「よぉし! んじゃあ俺の単車乗ってけぇ! サイドカー付きだァ!」


 滝澤が首をクイと傾けると機動隊の一人がサイドカーの付いたバイクを押して持ってきた。


「マルカァ! テメェも着いてけ! 道案内だァ!」

「おす! 了解です!」


 トントンと進んでいく展開。

英雄は流れに身を任せてバイクに跨った。


「ヒデオくん免許持ってそうやねんけどね」

「ネンショー入ってたのにいつ取んだよ」

「とんでもない事聞いてしまった……」


 英雄、空悟、丸香は三人で振り向いて敬礼をした。


「「行ってきます!」」


 返す様に滝澤も敬礼を示す。

その後ろでは機動隊の隊員達も綺麗な敬礼をしていた。

滝澤達の敬礼を確認するとバイクは走り出し、できる限りのスピードで走り向かう。

目的地は芝浦埠頭。

英雄は拳心とちゃんと話す為に戦場へと向かうのだった。

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