トクアカ〜警視庁特別亜人対策課〜

アチャレッド

第一部:正義迷路

渦巻英雄:ビギニング

渦巻英雄:ビギニング①

 「何度も…………」


 目前のアイツ・・・は強く歯軋りをしてその言葉に怒りを乗せる。


「何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!」


 こちらを見据えるアイツ・・・は顔を上げるとその表情には目一杯の怒りが伺えた。


「オレの邪魔ばかりしやがって!」


 今まで生きてきてこれ程の怒りを向けられた事もない。

それ程にアイツ・・・はその感情を顕にしている。

しかしそれでも邪魔しないという選択肢はない。


「………そりゃあするさ。俺はお前と向き合うって決めたからな」


 よく言うだろ?出逢い方が違っていたらもしかしたら友達になれていたかもって。

確信して言える。

アイツ・・・とは例えどんな人生を歩んでいたって友達にはなれない。

けどこれでいいんだ。

向き合うという事は寄り添う事とは違う。

俺はただアイツ・・・と全力で向き合ってちゃんと決着をつけたいだけだ。

 真っ直ぐとした瞳でアイツ・・・を見据える。


「グダグダ話すのも趣味じゃねぇ……ケリつけようぜ…!」


 俺とアイツ・・・は真っ直ぐと走り合い、拳をぶつけ合った。





 十五年前のある日、世界各地に赤い血の雨が降り注いだ。

その雨はおよそ一時間程降り注ぎ、世界中の生物の半分以上が血を浴びた。

突然の異常気象に各国の報道を血の雨が独占しようという中、その後ものの数分で世界は壊滅に追い込まれた。

血の雨を浴びた生物が、怪物と化したのだ。

その怪物を世界はーーー“亜人”と名付けた。





 「こりゃあ…酷えな……」


 先輩刑事は気分悪そうに見下げて、口を手で覆った。


「おえっ……」


 しゃがみ込み近い所で異臭をモロに受けている後輩刑事は細目で目を背けて苦虫を噛み潰したような顔でえずく・・・

それもその筈、なにせ二人の目の前には見るも無惨な姿となったホトケ・・・の姿が転がっていた。

刑事という職業柄こういった場面は初めてではない。

しかしこれ程酷い状態は珍しい。

まるで人ならざるモノの手がかかったような、そんな気がしてならない程だ。

手を合わせてどうしたものかと思案しようとしたところで静かな男女の声に二人は呼ばれた。


「どうも。あとは我々が引き継ぎます」


 声の主である二人はどちらも若く、男の方は冷静で且つ落ち着いた声で話す印象だった。

女の方は印象として格好良く、まるで宝塚歌劇のスターのような雰囲気でニコリと笑う。

新米の後輩刑事はあまり絡まないであろうタイプの二人に牽制するもベテランの先輩刑事は慣れたように握手を交わした。


「これはこれは鳴海さん。こっからはあんたの管轄ですか」


 拘りは感じるが妙に理解のある言い回しな先輩刑事は不器用な笑みで後輩刑事をどかす。

行動の意図を理解したのか鳴海・・はペコリと会釈をするだけしてズンズンとホトケの方へ向かっていった。

 どう見ても目前の先輩刑事よりも若い二人に現場を譲る光景に後輩刑事は首を傾げる。


「いいんですか? これ一課の管轄でしょ?」

「いや……あの人らが来たんならアッチの管轄なんだろうな。おーしお前らー警備範囲広げろー」


 妙に他人事のような言い回しで先輩刑事は周りの警官達に警備を指示していく。

しかし微妙に納得のいかない後輩刑事は先輩刑事の前にズイと出てみせた。


「いやいや! 待って下さいって!」

「なんだあ? お前も警備広げて来いよ」


 既に現場スイッチ・・・・・・をオフにして移動をしようとする先輩刑事に詰め寄る。

「確かにあの惨状は“亜獣・・”の仕業っぽいッスけど! いつもなら警備範囲広げて隔離して二十四時間・・・・・待つじゃないッスか! 何者何すか?あの人ら」


 長々とまるで説得でもしているかのように話し終えた後輩刑事は少し肩で息をしていた。

真面目な男だ。それだけ気になったのだろう。

しかし先輩刑事はまるで正反対かのような熱量で冷静に後輩刑事を見据えた。


「よし、お前にお前より長くこの世界にいる男からアドバイスしてやる」


 トンと胸に人差し指を当てて真っ直ぐ伝える。


「俺も詳しくは知らんが……あの人らが来た現場は俺らはもう関わっちゃならねぇらしい……生きていたいならな・・・・・・・・・


 先輩刑事の声色に後輩刑事はゴクリと息を呑む。

しかしすぐに先輩刑事は先程と打って変わった態度で笑った。


「けど別に犯罪者とかそんなんじゃねぇらしいぜ。要は俺たちじゃ出来ない仕事をしてくれてるだけだ。わかったらお前もさっさと行け」


 先輩刑事は軽く小突くように後輩刑事の頭に拳を当てる。

少し気になる所は残っていたもののこれ以上仕事を止める訳にもいかない。

なにより先輩刑事の言葉には「これ以上はやめとけ」という言葉が込められている気がしたのだ。

後輩刑事はそう判断して小走りで警備員達の元へ向かっていった。

その後をゆっくりと追うように、先輩刑事も現場を後にしたのだった。






 渦巻 英雄ウズマキ ヒデオは天才だった。

十歳の時初めて参加したアマチュアボクシング小学生の部。

そこで英雄は一切相手の拳を頬に掠める事もなく優勝した。

体格はどう見ても十歳らしい子供の身体。

しかし試合はどう見ても圧倒的な格の違いが見て取れた。

それほどに天才・・だったのだ。

 英雄がボクシングを始めたきっかけは近所の幼馴染みのお姉さん。

好きだったとかそういうのではなく何となく彼女がやっていたからやってみた。

そうしたら驚く程に肌に合っていたのだ。

瞬く間に英雄は“天才ボクシング少年”として世間にその名を馳せた。

しかしその栄光は今から三年前、英雄が十四歳の時に終止符を迎える事となる。

 その日、ジムに一向に姿を現さない英雄を心配に思い、幼馴染みの麗蘭レイランは家に向かった。

中学二年生となっても無敗を貫いていた英雄の注目度は相当なもので、常に近所やジムには記者が張っていた。

この日も取材があった為記者は英雄の家に向かう麗蘭に同行した。

信頼の置ける記者だった為気にも留めなかったが、もしかしたらこの時向かったのが麗蘭一人だったら彼女の行動は変わっていたかも知れない。

何故か鍵の開いていた玄関に異様な雰囲気を感じて麗蘭は急いでリビングに駆け込んだ。

するとそこには大量に血の飛び散った凄惨な現場とその真ん中で必死に床を殴り続ける英雄が一人。

止めようとしても英雄は床を殴り続けていた。

そしてその傍らには英雄の両親と妹が血塗れで倒れており、英雄の拳は真っ赤に染まっていた。

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