文化祭を楽しもう!④
出会いは偶然だが別れは必然だ。世の中にはそんな不条理が多い。
ゴンに取り憑いた悪霊も非業の死を遂げたのかもしれないが、他人の身体を借りて、ましてやこの人の多い中で暴れるというのなら、同情の余地などない。
サトルは、そう考える。
「……またお前かよ、クソガキが。今度こそぶち殺してやるッ」
問題はふたつある。まずひとつは、どうやって悪霊をゴンの身体から追い出すか。もうひとつは、これは劇というコトだ。いかに『作り物』として観客に魅せなければならない。観客を守るコトも含めて。
「口だけならなんとでも言える。さっさとかかってこいよ」
バクのチカラを共有しているときだけは、悪役として板についている気がする。
「……その減らず口を閉ざして俺の前から失せやがれッ!」
『あーっと、カッパは張り手を繰り出したぞ。それに対して黒服のニンゲンは屈んでかわし、アゴにヒジ鉄を喰らわせた! これはイタいぞ!』
「おいおい、なんかプロレスみたいになってないか?」
真島に小声で指摘すると、「盛り上がってるからいいじゃん」という答え。たしかに大きな歓声は上がってはいるが。
「アヒルみてえにふざけた足だ、おかげで上手く歩けねえ!」
『いまさらなにを言っているんだー!』
このツッコミが逆鱗に触れたのか、真島に向かって大量の水をかけようとした、が――
「わたしだって、やればできるんです……!」
樫見が空に人差し指を向けると、真島に降り注ぐハズの水が空へ登り、それはみるみるうちにウサギを形作り空を駆けた。これには観客も盛り上がる。
「いい気になりやがって……。テメーらゼッタイにぶっ殺――」
物騒なコトを言いかけた途端、激しいギターの音色が響いた。あの軽音部だ。ステージ袖で実行委員との会話が聞こえる。
「おい、ギターとアンプを濡らしたらマズいだろ!? つかどうなってんだ、このステージは!?」
「こんな盛り上がっちゃあ悔しいだろ。ましてやバカにしちまったしな。だから、こうしてもっと盛り上げてやる!」
「バカだな、お前は……」
「そりゃ誉め言葉だな。ロックンロールてのは『向こう見ず』なんだよ!」
続いてドラムやベースも交じり、このステージは更なる混沌へと流れこんだ。
「いいねえ、青春ってヤツかよ。俺には無縁なモンだったがな……」
悪霊に憑依されたゴンはせつせつと言う。未練がこもった口調で。
「だがな、いいか。俺は青春なんてモンはなかったが、誰かの楽しい青春は潰すコトができるんだぜえッ! 俺はなーんにも持っていないからなあ。ほら怖がれよ、テメーら全員溺死させてやる! 俺にはそれができるんだ!」
そんな醜悪な言葉に、観客の誰もが耳を貸していない。聞いてすらいないのかもしれない。この瞬間の雰囲気や非日常を共有して楽しむコト、言葉の意味はいらない。それが青春の正体なのかもしれない。青春はいつだって向こう見ずなのだ。
悪霊が取り憑いているハズのゴンの顔は、ひどく落ち込んでいるように見えた。くちばしのような口が下がり、眉間にはシワが寄っている。今までいっしょにいたが、こんな顔は見たコトがなかった。
「……もう、いいんじゃないか」
「はあ?」
流石に愚かに見えた。あまりにも寂しい主張だ。この男の悪霊の人となりは知らないし、どんな人生を送ったのかも知らない。ただ自分の主張はいつもこうして無視されていたのだろう。
「誰も聞いちゃいねえし、そんなコト、オレがさせない。すぐにここから出ていけ。それとも、青春とやらに未練があるなら……」
「「なにやってんだ! とっとと戦えよお!」」
観客のヤジが飛んできた。それを聞いた悪霊は怒りだした。
「そんなモン望んじゃいない。この渇きは復讐してやらなきゃ満たされねえ! 覚悟しろクソガキが!」
「覚悟はお互いに、な」
再び戦いは始まった。悪霊の攻撃は確実に殺意を持っていた。しかし、水を操ろうにも樫見が阻止し、直接攻撃もゴンに比べてまったく洗練されていない。男自身がケンカ慣れしていないのがわかる。
観客たちは歓声を上げる。この戦いが殺し合いとは知らずに。彼らから観ても、この戦いは演武にしかみえないくらいには一方的であった。
「こんなハズじゃなかったのに……。あのカッパはもっと……」
理由は明白、この悪霊が弱くひとりだからだ。なにも遂げられず、心が折れそうになっているようだった。これなら、そろそろゴンの身体から出てきそうだ。
「おい、ゴン。聞いてるか? いいモンやるからはよ出てこい」
サトルはまだ悪霊が憑いているにもかかわらず、小さく耳打ちした。
「そうか、誰も俺を見ちゃいないんだな――」
悪霊がそうつぶやくと、ゴンがデカいあくびをした。
「――おっ、なんだかスッキリしただな。ってあれえ、またここに立ってるだ」
いつものゴンになった。姿は視えなかったが、悪霊が抜けたのだろう。
「さて、そろそろシメにしようか」
「そうだな」
ゴンはサトルの喉元へと手を伸ばし――
「テメーの首を絞めよう」
不器用ながらに握られているが、しかしその握力は人ならざる力だ。
『おおーっと、ここで形勢逆転! カッパは首根っこを掴んで離さない!』
「ちが……真島……」
意識が朦朧としてきた。このままではホントに――
「あんなクソみてえな演技に騙されやがってバカが、この身体はまだ俺のモンだ! さあ死ねえ!」
今こそ手土産を渡すときだ。これで取り戻してくれなければ。
「ゴン……これを見ろ……」
背中に手を回し、バクから素早くそれを取り出した。
「あっ……キュウリだああぁぁーッ!」
そう、ゴンの大好物のキュウリだ。ミソにマヨネーズをつけてある、キンキンに冷えたキュウリ。
「おっおっ……うめええぇぇーッ!」
すぐに首から手を離し、両手で大事に持ちながらしゃぶりついた。やがて食べ終わると、たっぷり空気の含んだ大きな音を立てて手を合わせた。
その間に、悪霊が紙飛行機のようにふらふらと逃げていくのをサトルは見逃さなかった。
「……ごちそうさまでした」
これには見渡す限りの人間すべてが黙った。なにをするのかと期待した観客たち、あえて音楽を止めた軽音部。今までの騒ぎが夢だったかのようだ。
『……あーっ。そう、こうしてニンゲンとカッパは和解したのでした。平和がいちばん! めでたしめでたし!』
さしもの真島も困ったように、強制的にシメにかかった。
「「……なんだこのオチはー!!」」
観客のツッコミももっともだ。だが、真島も言ったとおり平和がいちばんなのだ。樫見とゴンと並び、清々しい顔でお辞儀をしてからすぐにステージを降りた。
「みんなお疲れ! 想定していないハプニングもあったけど、みんな対応できててすごかったよ!」
呪痕を消してからみんなを労わる。しかし明璃は「騙されんぞ」という目を向けてきた。
「サトルもお疲れ。で、想定外っていうのはホントかな?」
悪霊に取り憑かれたコトがあるからか、明璃は鋭い。
「知ってた。どうせ狙って来るだろうと思った」
「やっぱり。だったらあたしたちに早く言えばよかったのに」
「ゴメンな。今まで色んなコトに巻き込んだけどさ、これだけは関わらせちゃいけないと思ったから……。悪霊殺しなんて」
霊剣・
「それでも……」
「悪霊殺しはオレの役目だから、今だけは放っておいてくれ」
「ひとりで背負ってんなよな! その悪霊はどこ行ったんだよ!」
真島はもっと関わるのはダメだ。
「体育館の裏手に回ったのを視た。今から追うからみんなは……。ああ、みんなは体育館に行きなよ。そろそろ閉会式だろ?」
「え? もうそんな時間――」
3人は時刻を確認して顔を上げると、そこにサトルの姿はなかった。
「……さて、目星はついているのか、サトル?」
「心が弱ってると、フワフワ移動するコトすら大変みたいだな。悪霊も」
「死んでも疲れるなんて割りに合わないな、ニンゲンというのは。死は救済ってハナシはウソなのか?」
「オレに聞くなよ、オレに」
「じゃあ質問を変えよう。あの悪霊、どこ行ったと思う?」
「近場で人目のつかない隠れやすそうな場所なら、きっと旧校舎だ」
「あの人体模型のいる場所か。フフ、またひと波乱ありそうだ」
これ以上、悪霊に好き勝手させるワケにはいかない。サトルは足のない相手の足取りを追う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます