オカルト研究部、実地調査!②

 曇り空の下、その木造の廃屋は異様な雰囲気を醸し出していた。


 旧校舎。実際は主に化学などの理工系の実習がある授業で使われていた棟らしいので旧実習棟と呼んだほうが適切なのかもしれないが、今は旧校舎という呼び方で定着されているようだ。


「なんかこうさ、アレだな。雰囲気、エグい。どうする禅院、みんなで突撃する?」


 言い出しっぺの真島は顔が引きつっている。そうなるのもわからないでもない。昼に見るのと放課後とでは、不気味さが段違いだ。


「ここで待つか、飛び込むか。ふたりずつに分かれよう」


「サトルは行くとして、あと誰が行く?」


 みんな黙ってしまった。こうしてる間にも雨が降ってきそうだ。


「よし、オレだけが行く」


 心細いが決意を固めたそのとき、ひとりの手が伸びた。


「わ、わたしがついていきます」


「樫見さん、マジで!?」


 サトルは予想外で驚いた。まさか、こんなトコに入る勇気があるとは思わなかったからだ。だがおかげで勇気が湧いてきた。


「よし、じゃあいっしょに行こう!」


「はいっ」


「なんかあったらライン入れて。メリーさんのチカラを共有して、すぐいけるようにしておくから」


「明璃、頼んだ」


「話の腰を折るようで悪いけどさ、メリーさんって?」と真島。


「まあ……。それはふたりが行ったときに話すから」


 真島も明璃の話を聞いていれば退屈しないだろう。ふたりを横目に、サトルは旧校舎の入り口のドアノブを回すと、悲鳴のような音を発しドアは開かれた。どうやらカギはかけられないようだ。


 サトルと樫見は顔を見合わせ、旧校舎へと入っていった。


「床、ギーギー鳴ってこわいですね……」


「そうかなあ? オレはけっこう落ち着くけどなあ」


「ええ……?」


 スマホのライトを照らして進んでいく。サトルは床鳴りの音を聞いて、祖父母の家の縁側を思い出していた。それと、理由はもうひとつある。


「誰かが近づけばわかるし」


「こ、こわいコト言わないでください……」


「ゴメンゴメン」


 樫見はサトルの後ろを歩き、学ランの裾をギュッと握っていた。樫見の感情の幅が大きくなるにつれ、握る力が強くなっていく。


 しばらく見回って歩いていても、物置と化した教室をひとつひとつ見回っても、例の人体模型の姿はない。デタラメだったのだろうか。


「所詮、ウワサはウワサってトコかな。戻ろう」


「はいっ」


 サトルはスマホを取り出し、グループラインに結果の報告をしようとしたそのときだった。


――これでひとつ。


 どこからともなく不気味な声が聞こえた。急いで周りを見渡しても、ここは渡り廊下だ。なにもいない。音すらしない。


「樫見さん、今の聞こえた? これでひとつ……って」


「え? え? 驚かさないでくださいよう……。ひどいです」


「……あれえ?」


 どうやら、なにかしらの怪奇現象はあるようだ。本腰を入れて声のナゾを考えよう。


「バクはどうだ、聞こえたか?」


「いや、聞こえなかった」


「わあっ!」


「うおおっ、なんだっ!? ああそっか。バクか」


 後ろにいた樫見は驚いてサトルから離れたが、またすぐに裾を握りしめた。その叫びにサトルも思わず驚いた。


「おっと、ビックリさせてすまない。……それで、どうやったら声が聞こえた?」


「えっと……。スマホを取り出したとき」


「じゃあ、それがなにかのトリガーになってるのかもしれないな。ヘタにいじるのはやめろ」


 どうやら、ルールがあるようだ。しかし、この声の主に敵意があったとして、わざわざカウントしてるのを教えるだろうか。バクに初めて会ったときはヒントをくれたが、それは敵意がなかったからだ。そうなると、声の主の目的がナゾだ。


「とりあえず帰ろう。想像以上にヤバいかもしれない」


 樫見にそう言うと、更に裾をギュッと力強く握りしめたのが伝わった。これならば離す心配もないだろう。翻って入口に戻ろうとしたが――




  ギィ……



           ギィ……



 足音。うしろから。こちらに向かって来る。それも速い。


「樫見さん、誰かいる?」


「誰も……いないのに……」


「逃げようッ!」


 樫見の手首を握り、入口へ走った。


……これでふたつ。


「また声ッ!」


 不気味に胸の中に響いてくる。声を無視して入口まで走り、ドアを開けようとしたが開かない。屋上のドアを蹴破ったときのようにしようかと考えたが、これもルール違反になりそうだ。


「禅院くん、わたしにも聞こえました。これでひとつって……」


 走るのもダメ、スマホもダメ、扉も閉まった、怪現象の正体も掴めない。想像以上に追い込まれているのではないか。外から手がかりを探してもらおう。


「ちょっと大声を出すよ。真島ァ! なんか外で変わったコトないか!?」


 あの声は聞こえない。大声はルールに触れないコトに安心した。するとすぐに大声が返ってきた。


「小雨が降ってきたってくらいしかないぞ。んで、スマホで連絡しないってコトはさ、なんかあるんだな!?」


 近くの窓に声とともに黒い影がうつった。おそらく真島の影だ。


「怪奇現象に巻き込まれてる。入口の扉も開かねえ!」


「ちょっと待ってろよ禅院!」


「えっ……、ちょ、おい、待って」


 窓の影が後ろに下がったのを見ると、イヤな予感がした。止めようとしてももう遅かった。


「樫見さん、耳塞いでッ!」


「えっ?」


 予感は見事的中した。轟音とともに大きめの石がすこし離れたところで壁に激突した。


「禅院、助けにきたぜい!」


「思い切りが良すぎるだろ!?」


「まーな!」


 褒めるニュアンスで言ったワケではないが。割れた窓から真島が侵入し、こちらに走ってきた。


「って、待て待て! 走っちゃダメだ!」


「え、なんで? ンなコトよりもアメちゃんでも食って落ち着けって」


 忠告もお構いなしに、ポケットからアメを取り出そうとした。だが、手が滑ったのかアメはこぼれていった。


「やべ、落っことしちゃった。袋に入ってるとはいえばっちいな。おれが食べよ」


 真島がアメを拾いあげようとしたときだった。影が重なった。ちょうど人影と同じくらいだ。


「これで……みっつだ」


 あの声だ。はっきり聞こえた。顔を上げると、目の前にいたのは人体模型だった。肉が浮き出た右半身の腕を真島へ伸ばしている。


「姿を現したな!」


 サトルはとっさにバクから鏡花旅楽きょうかたびらを取り出し腕を落とそうとしたが、なぜかすり抜け、振り下ろした白刃は真島の頭に直撃した。


 空妖しか斬れない剣なので大事には至らなかったが、ぶつけた際の堅い感触が痛さを物語っている。


「いってえ! お前なあ……って、出たァーッ!?」


 申し訳ないコトをしたが、謝るヒマはない。真島は正面を向いてやっとその存在に気付いたようだが、否応なしに人体模型は真島に腕を伸ばした。


 座ったままの姿勢で胸倉を掴まれ強引に立たせられた真島の恐怖は、おそらく尋常ではない。人体模型もそれを嘲笑うかのように、ニタニタ笑っている。


「お、おい! 禅院、おれなにされんの!?」


「教育だ」


 人体模型が喋った。やはりというべきか、あの声はコイツが発していたようだ。


「これより教育を執行する! ルールを破る不良には教育を施こさなければならん!」


 目玉がグルグル回ったかと思えば、剥き出しの心臓が扉のように開き、片腕で真島を持ち上げるとその開いた心臓へと押し込めた。


「助けてくれ――」


「収納だ! 教育だ!」


 人体模型の心臓は握り拳よりも小さい。人がその中へ入るワケがないと思った。しかし、縮んだのだ。真島は心臓に広がる暗闇に吸い込まれてしまった。想像を絶する怪奇現象だ。


「さあ、次の不良はどいつだ? お前たちも我が胸の中で教育してやる」


「……今時、パワハラ教師は流行らねえぞ、人体模型さんよ」


 目の前に現れた人体模型の空妖は、いともたやすく真島を閉じ込めてしまった。だが、現れたのなら、きっと今度は斬れるはずだ。サトルはその白刃を人体模型へと向けた。

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