銀河殻の上級生

楠樹 暖

第1話 来世の前世

 大空を覆う帯状の壁。銀河系の外側に建造中の構造物は、やがて銀河全体を覆うことになるギャラクシー級ダイソン殻、通称≪銀河殻ギャラクシーシェル≫の一部である。

 百億年規模の大事業はいくつもの企業に分割発注をされ、それぞれの企業が銀河を覆うシェルの一枚を担当する。僕の父もそんな銀河殻を作る企業の一つカッシーニ建設の社員だ。

 社員の家族は工事現場近くの人工浮遊小惑星の団地に住居を構えている。帯状の銀河殻が伸びるにつれ人工浮遊小惑星も工事現場と共に移動する。

 銀河殻の工事関係者の子供はそのまま親と同じ企業へ就職することが決まっている。もちろん職業選択の自由があるので他の業種へ移ることも可能だが、わざわざ一流企業の就職口を蹴ってまで他の職業を目指す人はほとんどいない。そもそも他の仕事にどういうものがあるのかさえもよく分からない。

 それぞれの帯は別の企業が工事を担当している。それぞれの帯は一定の間隔で隣の帯と結合をし、格子状に組みあがっていく。最近は他の企業が作っている銀河殻との結合をするために地域全体が慌ただしい。

 そんななか、僕は中学を卒業し高校へと進学した。高校の新入生は全員が工事関係者の子供である。

 中学時代に見なかった顔の生徒もいる。銀河殻結合のために引っ越してきた他の企業の家族だろう。


 ある日、ちょっと熱っぽくて僕は保健室へと行った。しかし、保健の先生はいなかった。

「お客さんかい?」

 ベッドのほうから声がした。女性にしてはあまり甲高くない声は女の子と話したことのない僕には心地よく響いた。

「今、先生は留守にしてるんだ。何か用かい?」

 出てきたのは髪の長い女子生徒だ。スカーフの色から三年生だと分かる。

「熱が出てきたので薬でもと思って」

「解熱剤ね。ちょっとまってね……あったこれだ。はい」

 整った顔立ちが目の前に迫る。母親以外の女性とこんなに近くになるなんて初めてだ。

「あ、ありがとうございます」

「しばらくベッドで寝てるといい。今空けるから」

「あ、で、でも、先輩は?」

「ボクは単にサボって寝てただけだから」

 先輩はボサボサになっていた髪の毛をまとめあげ、リボンで縛ってポニーテールにした。

「本当は短く切りたいんだけど、親が切らせてくれなくってね。じゃあ、ごゆっくり」

 先輩が保健室を出ようとした。このまま先輩と別れてしまったらもう二度と会えなくなるような気がして、僕はなんとか先輩を引き留めようとした。

「あ、ちょ、ちょっと待ってください」

「なんだい?」

「あ、あの、えーと、先輩の名前を教えてください?」

「おっ、いきなり女性の名前を聞くなんて、ひょっとして少年はボクに気があるのかな?」

 先輩が意地悪そうに微笑んだ。

「顔が赤いな。どうやら図星かな」

「あっ、いや、これは熱で赤いだけで……」

「ふふん、いいよ、いいよ。照れなくっても。ボクの名前はヤマモト・カヲリー。三年生さ」

「僕はスズキ・トムロウです。今年入ってきた新入生です」

「スズキ・トムロウ君ね。覚えておくよ」

「あ、あの、先輩とは初めて会った気がしなくて」

「ほう、前世からの知り合いかな? 君の真名はなんていうんだい?」

「真名……?」

「前世からの知り合いなのに知らないのかい? 前世の名前だよ」

「えっと……知らないです……」

「ひょっとしたら、今が最初の出会いで、来世の前世かも知れないね。だとしたら、君の真名はスズキ・トムロウだ」

 ポニーテールを振り回し先輩は保健室の入り口を踏み越えた。

「じゃあまたな! 少年」

 保健室のベッドにもぐり込むとまだ先輩の体温が残っていた。


 次の日の昼休み、三年生の集団の方を見ていたら先輩の姿があった。

 自然とあとをつけていた。そして先輩は保健室へと入っていった。

「やぁ、少年。また会ったね」

「こんにちは。あの、いつも保健室で寝てるんですか?」

「ああ、この年頃の女の子とは話が合わなくてね。一人のほうが気が楽なんだよ」

「あ、じゃあ僕は居ないほうがいいですね……」

「いいよいいよ。女の子とは話が合わないけど、男の子なら平気だから」

 僕たち銀河殻事業の会社関係者は代々銀河殻の仕事を引き継ぐことになる。子供が成人すると親と同じ会社へ就職をし銀河殻の工事を担うのだ。

 でも、先輩は違っていた。先輩の親は銀河殻事業の関係者ではなく先輩だけがこの現場学校に来ているのだという。

「本当はもっと自由でいたかったけどね。会社に見つかっちゃったから」

 先輩は18歳になったら卒業を待たずにカッシーニ建設に就職がきまっているのだという。

 カッシーニ建設としてはすぐにでも来てほしいのだけれども、未成年を働かせることは法律で禁止されているので18歳になるのを待っているのだという。

 僕も将来はカッシーニ建設に就職することになるから一緒に働けるといいな。


 ある日、企業通りを歩いていると広間で何かの儀式をしていた。

「社送だよ」

 先輩も儀式を見に来ていた。

「対オーバーシー組の結合の責任者タナカ・マイクロウさんだよ。右岸側のカッシーニとオーバーシーの結合が滞りなく終了したからね」

 大きな写真に男性の顔。この人がタナカさんだろう。

 写真の下の棺のような箱に一人の女性が突っ伏して泣いている。

「タナカ・マイクロウさんは社送にされることが分かっていながら所帯を持ったんだよ」

「社送って何ですか?」

「遠く離れた現場に飛ばされることだよ。たぶん次の現場はW23宙域かな。もうすぐそこでもオーバーシー組の銀河殻結合があるから」

 宙域というのは銀河系を26×26に分割した座標である。

「そんなに遠くだとハイパードライブでも200年かかっちゃいますよね」

 泣きじゃくる女性が引きはがされ、棺のようなものが運び出された。

「確実に送り出せるように肉体を残さず灰にしちゃうんだ」

「えっ!?」

「社送で送るのは肉体ではなく魂なんだよ。魂が次の肉体に転生するのは49日。そこから成人になるまで18年。合計18年と49日。200年かかる宇宙旅行がその十分の一で済んじゃうんだからカルマシステムって凄いよね」

「つまり、社送っていうのは……」

「大雑把に言うと殺しちゃうってことだね。もう二度と会えないだろうから言わばお葬式だね」

「そ、そんな……」

「カルマシステムを使用すれば転生先もかなりの精度で指定できるし、記憶もそのまま残せる。だから本人が200年かけて次の現場に行くよりも早く済むってことさ」

「ま、まさか先輩も……」

「なまじっか能力があると色々やらされるよね」

 棺を見つめる先輩の後ろ姿が寂しそうに見えた。

「今はカッシーニ建設だけがやってるけど、そのうち他の企業も採用することになるさ。テイクアンカー工務店は10年後に導入することが決定しているし」

 それから数か月後、先輩は学校を中退した。

 先輩はカッシーニ建設の技術顧問として左岸側のカッシーニ建設とテイクアンカー工務店との銀河殻結合を担当している。


 僕が大学へ進み、卒業をする前にカッシーニ建設とテイクアンカー工務店の銀河殻結合の全行程が終了した。それは先輩の社送を意味する。

「やあ、少年。君と一緒に働きたかったけどもうお別れだ」

「先輩、僕……先輩のこと」

「おっ、告白かい? 困るなぁ、心の準備ができてないよ」

「ち、違います!」

 大きく息を吸い込み呼吸を整えた。

「先輩のこと追いかけます。カッシーニには就職せず、テイクアンカー工務店に就職して先輩と一緒に銀河殻結合をやりたいです!」

「面白いことを言うね、少年。いや、真名はスズキ・トムロウ君だったよね」

 先輩が僕の名前を憶えていたことが嬉しかった。

「スズキ・トムロウ君にはボクの真名を教えておくよ。転生して名前が変わっても真名を名乗ればすぐ分かるようにね」

「はい」

「ボクの真名はタナカ・ヒトシ」

 先輩が恥ずかしそうにその名を告げた。

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