子ども部屋の二人

千織

第1話 進藤秀

※この物語は、単独でも読めますが、『月の綺麗な夜に』→『薫と彗』を読んでからだとより楽しめます。



母が男と逃げてから半年後。

父は再婚を決めた。


特に相談は受けなかった。

ミサコさんは前々から父と親しかった。

だからミサコさんが再婚相手であることに驚きはない。


むしろ、最初からミサコさんと結婚すれば良かったのに。

まあ、それなら俺はこの世に誕生していないけど。

それならそれでも良かった。

こちらは望んで生まれてきたわけじゃない。




俺の4歳下、小4の弟ができた。

ミサコさんの連れ子だ。

ケイという。

ケイはミサコさんによく似ていた。

目が大きくて、よく笑う。

人懐こくて、すぐに打ち解けた。



ミサコさんは早くに旦那さんを亡くして、シングルマザーだった。

旦那さんとやっていた和食の飲食店を続けていて、父はよく通っていた。

何度か連れて行ってもらったことがある。

定食はどれも美味しかったし、クリスマスや誕生日にはわざわざプレゼントも用意してくれていた。

愛想よく他のお客さんと話していて、お店はとても家庭的だった。



生みの母親は専業主婦で、ミサコさんとは対照的だ。

母は、外で働き続けた方が良かったタイプの人かもしれない。



母は家事が嫌いだった。

やらないわけではないが、料理は出来合いのものが多いし、どの家事も母を憂鬱にさせていた。

母は暇をもてあまして、習い事のヨガや手芸、友人との女子会に出歩いていた。

習い事で作ったものは一応家に飾られているが、大した愛着はなさそうだ。

習い事でおしゃべりするのが目当てだったんだろう。

ダンスを習い始めたが最後、そこで出会った男と逃げてしまった。



母もミサコさんも、父の10歳くらい下だ。

母からすれば若い男に逃げたくなるのもわかるし、ミサコさんからすれば頼りがいがあるだろう。



俺は中学受験を経て、難関中学校と呼ばれているところに通っていた。

ケイも同じ中学を受験することになった。

ケイは今まで大して勉強していない。

自営で忙しいミサコさんが受験に詳しいとは思えないし、中学受験対策の塾費なんて捻出できないだろう。



いわゆる高級官僚の父は、学歴はありつつも特に教育熱心ではなかった。

母もよくわからないまま、周りが受験するからという程度の理由で俺に受験を勧めてきた。


俺は塾に通い、塾のおかげで合格した。

何の苦労も感じなかった。

合格したとき、塾の先生たちは親より喜んだ。

「お前ならもう確実だとは思っていたけどな。」

と言われた。



父もミサコさんも、ケイの合格には期待していない。

俺がやったから、俺と同じ中学を目指してみる、ダメならダメでもいい、そんな感じで最初から記念受験だった。



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子ども部屋は二人で一部屋だ。

俺は中2で生徒会もやっていたから、当然俺の方が帰るのが遅い。

ケイは習い事で時間を潰し、帰ってきたら大人しく本を読んだりゲームしながらも、ちゃんと宿題を終わらせていた。



俺が帰ると、ケイはすぐに学校であったことを話し始める。

おしゃべりしながら、ミサコさんが作っておいてくれた夕食の準備を二人でする。

味噌汁をあたためたり、レンチンしたり。

ケイは箸やコップを用意する。

ミサコさんが忙しいときは俺が作る時もあった。

俺はあまり出来合いのものが好きじゃない。


食べ終わったら俺は食器洗い。

ケイは洗濯物を取り込んで畳む。

俺の方が早く終わって、ケイを手伝う。

特に父のものはシワにならないようにちゃんとやらなくてはいけない。

ケイは大抵途中で飽きて、俺にいたずらを仕掛けてくる。


その後一緒にお風呂に入る。

ケイは早生まれだから、他の子に比べて体が小さい。

精神的にも少し幼い。

昔から淡々として大人しかった自分と比べると、ケイはよくしゃべるし笑う。

なんでもかんでも俺にまとわりついて一緒にいようとした。



家事が終わったら部屋で勉強をする。

自分の勉強はさっさと終わらせ、ケイの勉強をみてやる。

ケイは、国語は良かったが、算数がいまいちだった。

計算が遅いし、ミスが多い。

公立に進学しても困るレベルだ。

俺は、スマホに計算アプリを入れてあげた。

ケイは喜んでやり始めた。



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そんな生活で一年経った。

俺は中3でもエスカレーターの学校だから、高校受験がない。

むしろケイはこの小5、小6の2年間が勝負だ。


計算力がついて、算数はかなりよくなった。

国語も、読書のおかげで力があった。

このあたりの超基礎力は、「勉強をするため」に大事だ。

解くのが遅いと勉強時間が足りなくなるし、国語力が弱いと人に教わってもわからない。


この2年は公立ではらやらないような問題にも取り組まなきゃいけない。

俺は自分が使っていた教材を引っ張り出してきて、ケイに毎日課題を出すようになった。



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俺は、父やミサコさんとは、一緒にいてもあまり話さなかった。

何を話していいかわからない。

父とは、なんでも打ち合わせみたいな感じだ。

自分の考えを述べて、父が承認する。

簡単に言えばそれしかない。



ミサコさんは大抵他愛ない話をする。

それを俺は楽しそうに聞いてあげる。

ミサコさんは、こちらに気を遣ってか俺に自分の意見を言わない。

「スグルくんは本当にすごいわねぇ」

それがミサコさんの口癖だ。



ケイは父とほぼ話さない。

父は無口だし、ケイも近寄りがたいと思っていて大体はミサコさんか俺のそばにいてじゃれついている。

ケイの話は俺から報告することが多い。



だから、ケイの思考力を伸ばす会話は俺がやらなくてはいけない。

ケイと親の会話の中に、ケイの思考を促し、論理的に説明が必要なやりとりなんかない。

書店で、『思考力を伸ばす親子の会話』という本を買った。

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