第六話 面白い話。9

「桜子を嫌っていた女の子」


「彼女は桜子のことが嫌いな子のリーダー的存在です。彼女は一年前に桜子に彼氏を取られて以来、桜子のことを憎むようになっていました。翳りが見えるようになったとは言え、元々は元気で溌剌とした性格の子です。いつでも、面と向かって桜子に向かってきます。場所を選ばずです。勝ち気な性格の桜子も、流石に鬱陶しくなって彼に相談しました。彼はもちろん桜子の頼みを引き受けてくれます。みんなの見ている前で、幼馴染の彼の口から、彼女の一番嫌がりそうなことを口にしてもらいました。『アバズレ』『ヤリマン』そんな言葉を、得意のユーモアに富んだ言い回しに乗せてもらって。彼女は真っ赤になって泣いてしまいました。もう大泣きです。リーダー陥落。桜子も一安心。翌日から彼女は不登校になり、桜子の生活に平穏が訪れたのです。数カ月後、彼女がもうこの町を引っ越しただとか、自殺を図っただとかという、噂とも呼べない噂を聞きましたが、桜子にはもう関係のないことでした」


「――さて」


 あたしは言った。


「あたしのする、面白い話は以上。とある町のとある学校に通っている桜子という少女。その少女の過去の告白でした」


 にっこり、とあたしは笑った。朗らかな笑顔を心がけたが、時と場所によっては、朗らかな笑顔も逆効果になることをあたしは知っている。漫画や映画、ありふれている。きっと、とても悪意に満ちた、悪戯心に満ち足りた笑顔だったことだろう。

「桜子さん、今の話って」

 訊くのを躊躇うように、けれど、問い質さずにはいられないというように、吉川さんは訊いてきた。

「どういうことなんですか」

 口調はもうきっぱりとしたものに切り替わっている。まるで警察に疑いの目を向けられている気分。

「どういうね。いくらでも言い繕えそうな言葉だね」

「桜子さん」

「なるほどねー」

 と、感心を示すように言ったのは雨梨だ。

「雨梨さん」

「いくらでも言い繕えるか。上手いこと考えたもんだね」

 咎めるような吉川さんの方を見ることもせずに雨梨は続けた。

「万人受けしそうな恋バナに対抗するには、こういう、受け手の解釈に委ねるような、評価の別れるもんでもぶつけるしかないかなーってね」

「冒険し過ぎなような気もするけど」

 ふむ。バレテーラ。言葉ひとつふたつ交わして分かってしまう雨梨の態度。もうちょっと驚いて欲しかったが。いいや。吉川さんに切り替えよう。

「桜子さん。今の話が本当のことなら、私は桜子さんのことを心底軽蔑します。先程は冗談で言いましたが」

「なんのこと?」

「今後一生、人として好きになれるかどうか」

 こんなことやってる水曜日以外でも教室でお勉強している吉川さんだ。根っから真面目なのだろう。こういうの、警察官志望特有の正義感なのだろうか? しかし、その観察眼や注意力の無さ、思い込みは、いざ警察になったとき苦労しそうだな。発想は柔軟に。頭を柔らかくして欲しい。

 あたしは悪戯心も手伝って、さらに煽ることにする。

「自分のことを棚上げして生きていきたい派のあたしだったけどね。ここらで信条を変えてみようかと。これからは自分を棚卸しして生きていく派に鞍替えかな」

「意味がちげーよ」

 あたしのしょうもないボケ、雨梨の冷静なツッコミでもちぃとも和らがない教室の空気。吉川さんのぴりりとした態度は、普段あたしたちが醸しているくだらなくてくだけた空気との違いを浮き彫りにさせる。それは、今直前でした、ふたつの話とリンクしているような。人の嫌がることを進んでやっている。真面目な吉川さんをわざと刺激させている。そういう風に周囲に映っている。

「今の話の、一体どこがいけないの?」

「それは」

 吉川さんはぐっと言葉に詰まった。

「直接的被害を加えたわけでもないし。クラスの人気者は、人気者だったけれど、疎まれてもいた。だから均してあげた。クラスの嫌われ者は、理解し難いが故に嫌われていた。だから、みんなの理解しやすい存在にしてあげた。おまけのサービスで人気者にも仕立てあげてあげた。近所の女の子には友だちがいなかった。だからなってあげた。好きだった男の子には釣り合いの取れない彼女がいた。だからバランスを取ってあげた。その彼女には酷いことをしたようだけど、向かってきたのは彼女の方から。身を守っただけだよ。彼女の結末に関しては結果としてそうなったらしいというだけ。それは彼女の選択。関わりのないこと」

 畳み掛けてみた。吉川さんはきりりと眉を釣り上げる。

「証拠がなければ何をやってもいいと?」

「証拠がなければ警察は動けないんじゃない? 最も子供のやったことだけど」

「倫理の問題です。桜子さんが敏い子供だったということは分かりました。でも、敏いからこそ、結果がどうなるかある程度把握しているからこそ、留めるべきは留めるべきなんじゃないですか? それが倫理観というものでしょう?」

「子供にそれを要求する?」

「結末がマイナス方向に働くと予め知っていて、動いている節のあるところが問題なんです」

「変なこと言うなあ。力による暴力、言葉による暴力。どっちでもいいけどさ。知らないまま振りかざしていられるよりは、知っていて振っている方が安心安全じゃない? 程度を知っているんだから」

「その結果引き起こしたのが自殺未遂でもですか? 幼馴染で付き合ってもいた仲の子から、『アバズレ』『ヤリマン』なんて言葉を浴びせておいて程度を把握している? 鼻で笑っちゃいますね」

「だーかーらー、それは彼女の選択であって」

「はいはいやめやめ」

 雨梨が割って入って止めた。

「止めないでください。雨梨さん。言葉による説得が通じないのなら、これであの減らず口を叩き潰すまでです」

 そう言って、拳を振り上げた。

「あんたが程度を把握してなくてどうする」

「あいたっ」

 雨梨の軽い手刀が吉川さんに頭に炸裂。それからあたしの方を向く。

「あんたも。やりすぎ」

 あたしはため息をつき、肩をすくめてみせた。




「あんた、私が見抜かなかったらどうするつもりなの?」

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