第六話 面白い話。5
雨梨の試すような雰囲気に、いい加減面倒臭くなって告白した。手をひらひらと振る。幼い頃の悪戯を成長してから掘り返される。誰しも親から似たような仕打ちを受けたことがあるだろう。やっぱり恥ずかしいものである。
「……音読み?」
眉根を寄せて考え込む吉川さん。
『桜子』
『へんな名前』
顔の前で字を書いてみている様子。
「桜の音読みというと桜花のおう? 子はすとし……おうし……あっ!? 桜子と書いておうじと読ませたんですか!? ……え? なんで?」
「雨梨のそのとき読んでいた本がちょうど性別誤認トリックを扱った作品だったんだよねえ。そんで思いついて」
「性別誤認というと」
読んで字の如くだ。
「男だと思っていたら女だった。女だと思っていたら実は男だったって具合に。文章の書き方で読者に誤認識させるトリックのひとつ」
ここでネタバラシ。そういえば雨梨には言ってなかった気がするけれど、流石に今となっては気がついているだろう。
「当時のあたしは本のネタバレした代わりに、それを上回るサプライズを現実でプレゼントしてあげようとしたわけ」
「桜子って一人で妙な遊びに熱中したりするじゃん?」
いじらしい。そんな狙いが。そんな反応をうすーく期待していたのだが、やはりそんな頂けなかった。むしろ正反対に呆れているような雰囲気だ。
吉川さんがあたしを見て言う。
「ああ、そういえば。この無茶振りゲームもそうですけど。今朝からやっているアレなんか」
「思考を言葉にするとかいうしょうもないやつね。その一貫? というか」
「子供の頃から全く変わってないんですね」
やめて。分析しないで。しょうもないって自分で言うのはいいけど、人から言われるのはなんだか嫌。
ふたりは顔を覆うあたしに向かって盛大にため息を吐く。
「小学校は別だったから体育の授業なんかでバレることもなかったしさ」
「その帰り道だけなんですものね」
「今から思えば本当に恥ずかしいんだけど告白するとね? わたし、ネタバレされた次の日も似たような格好で、同じ作者の別の作品読んでさー。ゆーっくりゆっくり歩きながら桜子――桜子(おうじ)君また来ないかなって、ずっと待ってたんだよね」
「そうやってまたネタバレされるの待ってたんですか!?」
「そうそう。かまってもらえるのが嬉しくて嬉しくて」
「健気! いじらしい!」
それはあたしが欲しかった反応だ。
「そんでこいつがやって来るの。わたし本当は気付いてたんだけど、わざわざ気付かない振りしてさ? こいつが屈んで本のタイトル覗き込んでね? 今度は耳元で「その犯人。実は○○だよ」って囁いて。その距離が近くって近くってわたしまたドキドキしてさー。本当は女の子同士だから距離感近いのも当たり前なんだけど、こっちは異性だって思ってるわけじゃん?」
あー。だからこいつ妙に顔赤かったのか。赤面症かと思ってた。
「あの頃は本当ドキドキしたなあ」
その横顔に不覚にもドキッとしてしまう。
「突然雨降ってさー。わたし傘持ってなくて。けど、帰ろうにも図書室で借りた大量の本濡らすわけにもいかないから。量が量だから鞄にも入らないし。適当な軒先で雨宿りしててさ。どっかのバス停だったかなあ。そしたら、こいつが雨宿りしているわたしんところ走って来て、『傘持ってるから一緒に帰る?』って。帰りの方向は一緒なわけじゃん? わたしは何にも言わずにこくんって頷いて」
「かわいい~」
吉川さんはそう感想を漏らした後、
「それからもネタバレは続いたんですか?」
と、尋ねた。
「うん」
「雨梨の読む本をあたしが先回りして読んでさ。そんで次の日にネタバレかますの。それが習慣になってたかなあ」
「なんてタチの悪い耳をすませば……」
ぽんぽこは知らないのにそっちは観てるんかい。
お陰で推理小説逆から読む変な癖付いちゃったなあ。今でも抜けない悪い癖。だめだだめだと分かっていても止められない。
「でも」
躊躇いがちに吉川さんは言った。
「バレる日がいつか来るわけですよね? 今こうしているわけですから……あれ? でも、桜子さんが今までその事実を忘れていたということは――一体どういうことになるんですか?」
ここらで終わりにしておきたいなあ。終わりにしてくれないかなあ。当時のあたしのやった酷いこと。それはここからだ。
「引っ越したの。突然」
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