第六話 面白い話。3

「小学校一年生の頃からなんだよね。桜子との付き合いって」

「そうだっけ」

「覚えていないんですか?」

「学年までは」

 しかし、雨梨の第一印象だったらよく覚えている。雨梨の第一印象。それは、リアル二宮金次郎だ。あの、校門付近によく立っている石像。

「わたしと桜子が中学に上がって再会した幼馴染だってことは前に言ったよね?」

「ああ、言っていましたね」

「学区ってあるでしょ? ここからこの地域まではこの小学校に通う、ここからこの地域まではこっちの小学校に通うっていうの。わたしと桜子ってちょうどその境目くらいに家があってさ。この子が小三の夏に引っ越すまでは、家もかなり近かったんだよ」

 雨梨の言う通り、あたしはこの年で引っ越しを一度経験している。学校が変わるといった生活環境の劇的な変化はなく、●●市Sから●●市Kに移るという、引っ越しは引っ越しでも、本当にただ住む家が変わっただけというものだった。

「うち、小さい頃は社宅でさあ。お父さんの会社名義のマンションだったんだけどね? そろそろマイホーム買おうかっていうことになって移ったのよ」

 あたしは経緯を説明した。特に隠すようなことでもない。吉川さんは「へえ」と間の抜けた声を上げた後、「ああ!」と小気味の良く両の手を打ち合わせた。

「そこで一旦離れ離れになったんですね? 小学校は別だったために、もう会うこともなかったと」

「そういうこと」

「それで、どうして恋にまで発展するんですか? 女の子同士ですよ?」

「それがそうじゃなかったんだよ」

「フタナリだったんですか?」

「阿呆かっ!」

 思わず大声でツッコんでしまった。久しぶりにツッコんだ気がする。

 吉川さんは、

「ごめんなさい。冗談です」

 と、言った後、

「この場合、性転換できたんですか? と言った方が正しかったですかね?」

 と、いらん反省をした。知らん。訊くな。下ネタは嫌いじゃ。しかし、雨梨は、

「ま、当たらずと言えども遠からずってところだね」

 と、吉川さんの言葉に同意を示す。

「?」

 首を傾げるあたしと吉川さん。

 なんのことじゃと記憶を探ってみるも、思い当たる節は――

「あ」

「?」

 あ。あ。あ。あー……。やっべ。思い出した。思い出したわ。

「思い出した?」

 雨梨はにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。いや、悪いのはあたしか。どこからどう考えても。誰がどう見ても。あの場合、悪いのは他でもないあたしだ。

「どうかしたんですか?」

「わたしと桜子のファーストコンタクト」

「気になります!」

「吉川さんの小学校って図書室はあった?」

 唐突な雨梨の質問に、吉川さんはきょとんとした。

「ありましたけれど」

「じゃあ、図書袋は?」

「図書袋? なんですか? それ」

「わたしの学校にはあってさ。このくらいの」

 そう言って指で自分の前に四角く形つくった。大きさとしてはA4ノートを開いたくらいの大きさだろうか。ちなみにうちの小学校にもあった。布製で。お母さんが作ってくれた。

「手提げ袋で。図書室で借りた本をその中に入れるんだよね。毎朝読書の時間っていうのがあってさ。週一で図書室に本を借りにクラスのみんなで行って、その袋に借りた本を入れるんだよ」

「へえ。私の学校はそのまま鞄に詰め込んでいましたね」

「それでわたし小学校低学年の頃って本当に友だちいなくってさ? 誰かと遊ぶことなんて全然なかったし、学校の帰り道もいつもひとりだったんだ。本ばっかり読んでて。本の虫なんて呼ばれてて。虐められはしなかったけどね?

 みんなが週一で図書室に行く中、わたしだけが週五で通って。もちろん、一日で全部なんて読み終われるわけないから単純に本読むために入り浸ってただけなんだけど。でも借りるときは図書袋の中パンパンにしてね。本当に、持つのも大変なくらい借りてたんだ」

「……意外です」

 呟きの最後は、キーパーのがなり声にかき消された。あたしはなんとも言えない気まずさを感じて窓を向いている。窓の向こうには澄み渡る青の空と、夏の到来を感じさせる分厚い分厚い白い雲が。その向こうには深い緑が。そのさらに向こうには青の高峰が。きらりと窓に反射して教室の面々が映った。みんながみんな雨梨の話に興味津々である。

 ……なるほど。過去話か。上手いなー。

 まして雨梨みたいなキャラクターの影とくればねえ。

 雨梨と初めて話したあの日の記憶が蘇る。あの日もこんな暑い日だったな。あたしは曲がり角の向こうからやって来る同い年くらいの少女に興味津々だった。


「二宮金次郎が正面から歩いてやって来たんだよねえ」


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