第六話 面白い話。2

 そして今である。

 しょうもないというよりろくでもないが正しかった。聞きようによっては良い風に取れる言葉も、実態が伴わなければただ良いように聞こえるだけ。つまりはお前がやれっつー話。振ったからには責任持とう。どの口が言うのかってツッコミがアシモフの件を思い出すと聞こえてきそうだけど、あたしはほら、自身を棚上げして生きていきたい派だから。

「うふふ。臆しているのが伝わってきますね」

「安い挑発には乗らないよ」

 先週負けたのが余程悔しいのだろうか。言った通り、安い挑発である。お嬢様然、とお淑やかに微笑んでいるのは、幾ら何でもわざとらしい。

 そんなもんに乗っかるあたしじゃないよ。

 吉川さんが瞳を伏せた。

「……そうですよね。シンプルなお題には、本当の意味での真の実力が試されます物を言います。先週初の勝ち星を上げたばかりなのに、難しいお題に挑んで早速化けの皮が剥がれるくらいならば、ここはなんだかんだと理由を付け、勝負を先送りにし、一時の勝利の気分を少しでもいいから長く味わっていたい、そう思ってしまうのも分かります理解できます。……はあ。分かりました。すいませんごめんなさい。じゃあ、今回桜子さんはなしということで……」

「あたしからいく」

「大丈夫ですか? 桜子さん? 顔が真っ赤ですよ?」

 たぶんあたしは藤沢とおる漫画に出てきそうなピクピク怒り顔を浮かべているのだろう。そんなあたしの様子を呆れ顔で眺めてから、雨梨が手をひらひらと振った。

「いいよ。わたしからいく。桜子はわたしの話でも聞きながらちょっと落ち着け」

「うん」

 あたしは冷たい牛乳を口に含み、少しでも気分を落ち着けようと努める。

「へ?」

 言いながらもまさか雨梨が乗っかってきてくれるとは思っていなかったのだろう。吉川さんは素直に驚きを見せた。雨梨は吉川さんにジロっと珍しい恨み顔を浮かべる。吉川さんがびくりと肩を強張らせた。怒らせてしまったと思ったのだろう。しかし、雨梨はそんな吉川さんを安心させるように、一度ニッと微笑んでから、笑みを引っ込め、暫しの沈黙をつくった。

 教室居残り組の視線が若干集まるのが分かる。

 演出に余念がない雨梨のつくった沈黙は効果的に発動。教室中の緊張が伝わるのが分かる。が、なによりその緊張は、雨梨から伝わってくるようだった。教室のみんなからではなく。

 微かに、雨梨の口元が震えているのだ。

 震えを口に含み、一旦収めてから雨梨は口火を切った。


「わたし、桜子のことずっと好きだったんだよね」


「ごふっ!」

 飲んでいた牛乳を思いっきり吹き出した。

「きったねっ!」

 雨梨に牛乳の白い飛沫が掛かり、髪から顔から汚す。あたしは「ご、ごめん……」と慌てながらハンカチを取り出し、雨梨の髪から顔からいそいそと拭ってやって、落ち着いたところで改めて大きく息を吐こうとして……もう一度むせた。落ち着いて聞けるか。

「大丈夫ですか? 桜子さん? 顔が真っ赤ですよ?」

「ちょ、ちょっと、びっくりし過ぎて……」

「藤沢とおる漫画に出てきそうな顔してますよ?」

「少女漫画とかもっと他に言い方あるだろ」

 ……いや、少女漫画とか自分で言ってて恥ずかしくなってきた。あたしは主原因を作った少女を見やる。少女は己のポニーテールにくんくん鼻先を近づけ臭いを嗅いでいた。

「汚されちゃった」

「言い方」

 ぎゅっと身体の前で腕を組み、頬を赤らめ、ちらりちらりとこちらを見る少女。どう見てもふざけている。

 冗談か。

 無茶振りゲームなんて率先してやらせる女だ。ダウナーそうに見えても案外ノリがいい。

 いけないいけない。危うく実の友人を性の対象として見るところだった。あの胸をどうにか出来るのならひとしきり遊んでみたいと前から思っていたのだ。

 そんなあたしの想いを知ってか知らずか、雨梨はすっと腕組を解いた。持ち上げられていた胸が自然なだらかになる。視線が自然、上へと戻る。そこにはいつもとはちょっと違う、真剣な眼差しをした雨梨がいる。

「ガチだけど」

「ライク?」

「ラブ。本気で好きだった」

「…………」

「桜子さん大丈夫ですか? 少女漫画に出てきそうな赤面顔してますよ?」

「そこは藤沢とおる漫画って言って」

 茶化して欲しいときに茶化してくれない子である。あたしは何か答えようと口をぱくぱくと開け、結局何も浮かばずに口をつぐむ。

「雨梨さん? 一体それはどういう……。好き、だったということは」

 中途半端な沈黙を破ってくれたのは吉川さんだ。

 雨梨はため息をついてから口を開く。唇の端にはいつも浮かべている微かな笑みが戻っている。あたしはひとり気付かれないようにそっと息をついた。

「吉川ちゃんは知らないよね。わたしと桜子が何時頃からの付き合いか」

 吉川さんは考えるようにした。

「……ええ。おふたりと話すときは、いつも別のことに夢中ですから。そういえば、馴れ初めは知りませんでした」

「たいして面白いことなんかないから話さなかったんだけど」

「わたしはそうじゃなかったな――」

 横から口挟んだら速攻で否定かまされた。

 感慨に耽るように呟く少女にあたしは訝しむ。んな面白いことあったっけ?

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