第二話 アニメ化。2
「カートゥーンアニメ……ですか?」
お目々をぱちくりさせて、吉川さんは返してきた。あたしはうんうんと頷く。
「そうそう。もう十年くらい前かなあ? あたしがまだ四五歳とか。そこらだったとき。まだ幼稚園かー小学校上がったかどうかー……って頃だったねえ」
基本、あたしは溜める。
溜めて話す。
息をつき、間を置いて、思い出すように語る。
なんとなくそっちの方が面白い気がするからだ。
「吉川ちゃんは知らないっけ? こいつさ。昔、カートゥーンアニメになったことがあるんだよ」
「はあ。カートゥーンアニメに……なった……?」
慌てて口を挟む。
「違う違う雨梨。なった、じゃない。なってたね。自分で言って間違えんな。吉川さん。あたし昔アニメ化されたことがあるんだよね」
「はあ。……は?」
吉川さんはそれとそれの何が違うのか、いまいち理解ってない顔をしているが、それとこれとじゃ若干ニュアンスが違うのだ。雨梨に顔を向けると、「あ。いっけね」みたいな顔してこつんと自分で頭を叩いていた。お題出しといて間違えんじゃないよ。あとたまにやるあんたのぶりっ子ムーブ腹立つよ。
「なった、だとあたしの存在事態がアニメだったことあるみたいじゃん? じゃなくて。なってたことある、ね。云わば、あたし自身の存在を原作にしてアニメ化されたってこと」
伝わるだろうか。自分で言ってて分かりにくくってややっこしい上に、冷静になると、言い方ひとつ感じ方ひとつに思えるが、その説明で吉川さんには伝わったようだ。
「ああ」
と、言ったのち、
「失敗だったんですか?」
と、端的に酷いことを言った。
「かあ~っ! もうっ! もうっ! その言い方っ! 今まで何度言われたことかっ! アニメ化失敗の女! アニメにしない方がよかった女! 失敗作の原作! もう、あたしの人生、あのアニメ化のせいで不名誉なレッテル貼ってもいい空気に世間がなっちゃって言いたいことたくさんこっちだってあるのに耐えるしかなかった屈辱の日々! ……ようやく気持ちを整理して振り返れるようになった今でも、ね……。正直、そう言われると心に来るんだ……」
「す、すいません。そんなお辛いこととは知らず」
あたし渾身の演技に縮こまる吉川さん。机ガンガン叩いたものだから、トランプ男子たちが迷惑そうな視線を向けてきた。うるせえ。普段のお前らの方がうるさいんじゃ。心の中で悪態を付きつつ、あたしは吉川さんに向けてオーバー気味に肩をすくめてみせた。
「いいっていいって。もう、言われ慣れてるから」
「なんでカートゥーンアニメだったん?」
雨梨が欠伸しながら訊いてくる。こいつ、自分で振ってきた癖して……。
「あたしだって反対したんだよ、最初は」
「ん?」
「どういうことですか?」
意味を図りかねたのだろう。ふたりして首を傾げた。
「反対したんだけどな~!」
敢えてすぐには説明せずに、頭を抱えていやいや、と首を振ってみせる。強くあの頃を思い出しているかのように。
「そ、そんなにカートゥーン嫌だったん?」
雨梨は若干引き気味だ。いかん。やり過ぎたか。演技の度合いっていざやってみると難しい。まあいっか。このまま最後まで押し切ることにしよう。
「……いやだった。やるならちゃんとアニメにして欲しかった。……でもさあ? ほら、制作委員会の意向とかもあるわけじゃん? あたし逆らえないじゃん?」
「制作委員会って。……桜子が原作なのに逆らえないの?」
「分かってないなあ。あの頃はさ。原作の立場って弱かったんだよ」
あたしは遠い目をする。
思い描くのはどこかの会議室だ。長テーブルに座った幼女=あたしを中心にしてお偉い立場の大人たちが座っていて、自分にはまだよくなんだかわからない話をしている構図。だけど、アニメ化されるってことだけはなんとか頭では理解出来ていて、あたしはそれがとっても嬉しいのだ。お家のテレビで動画配信サービス使いながら見たプリキュアやまどまぎやハルヒやおジャ魔女や忍たまやポケモンみたいな感じに自分もかわいく描かれると夢見る幼女。
そんなとき、「じゃ。これでいきます」とぽんと出されたキャラクターデザイン案が。
「シンプソンズみたいだったんだ……」
膝に置いた両手をぎゅっと握り締めた。
爪が食い込むほどに。
「ああ……」
「……かわいそう」
端的な感想を述べた吉川さんに吹き出してしまいそうになるけれど、ぐっと堪えて弁明するように訴える。
「いや! あたしだって分かるよ! シンプソンズを含む数多のカートゥーンアニメがどれだけ面白くって偉大かなんて! でもね! その時のあたしにはまだ理解出来ないんだよ! 幼女だよ! まだ物心付いたか付かないかの頃なんだよ? 思い込みがあったの! 憧れがあったの! アニメはこういうものなんだっていう! みんながこんなかわいい絵柄なんだろうなっていう!」
あたしは入り込む。役に入り込む。あの頃を思い出して声に力を込める。
「高いパイプ椅子に無理して座っててさ? わくわくしながら座っててさ? 想像してみて? どんな風に描かれるんだろう? どんな風に描いてくれるんだろう? って、そうやってそわそわしながら座っているあたしのことを。そんなあたしの前にね? ぽんっ、てそのキャラクターデザイン案が置かれるんだよ」
ごくりと生唾を飲む音が聞こえてくる。
「え? これ、誰? え? こ、これ、あたしなの? 原型留めてなくない? 肌の色緑色だし、瞳は三白眼ってかほぼ点だし、髪なんて生えてもいないんですけど?」
ふっ、と笑う。
「昔はカートゥーンアニメって地上波でやってたらしいけどさ? 今はそんなんないじゃない? 知らなかったわけだよね。そういうアニメのジャンルがあるってことも。当時のあたしにはさ。で。一瞬なにかの冗談かと思ったんだよ。ふざけてるのかなって。顔を上げて『え?』って曖昧に笑って。でも、それでもあいつらは瞳を逸らさずにダメ押しみたいに一言『これでいきます』って言ってきて」
「……」
「……」
当時のあたしの絶望が伝わるかのような数秒の沈黙。あ、あかん。やり過ぎてしまった。演技に身が入り過ぎた。ちょーっと深刻になり過ぎてしまった。本意じゃないのでちょい軌道修正。
「ま、それでさ? ほら、あたし役の子も決まってたわけだしさ? もう断るに断れない段階まで来てたのよ」
「桜子のアニメなのに桜子が声当てるわけじゃないの?」
「ないよ? リアル寄りならともかくカートゥーンは難しいからね。口の動きとか独特だし。なんかすごい早口で喋ったりするじゃん? あいつら」
「そういう問題?」
「そもそもこれどういう問題?」
「……それで、どうなったんですか?」
「ん」
雨梨と顔を見合わせ我に帰ってたら吉川さんが口を挟んできた。
そろそろ頃合いだろう。適当にオチ付けなきゃ。
「打ち切り爆死。ま。しゃあないよね。一体どこの層に向けてるのか分からないカートゥーンアニメ放送してたらさ」
あたしは溜息をつき続ける。
「ウィキペディアにも載ってるあたしの二つ名知ってる?」
「二つ名?」
雨梨が訊き返してくれたので、あたしは出来るだけ自虐的に見えるように笑った。
「カートゥーン界の面汚し」
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