無茶振りゲーム

水乃戸あみ

第一話 イエティ。

「桜子さあ。ほら、あの話してよ。ほら、あの――雪山でイエティと闘ったときの話」


 出たよ。

 出た出た。

 久しぶりにきた。

 雨梨(あまり)の無茶ぶりが。


 私はすっと身を起こす。放課後の教室は人もまばらで、残っているのは一部の、あたしたち同様暇な男子共とあたしたち以外の女子が数人。男子は机くっつけてトランプでスピードやってて、さっきから机がガンガン鳴っててめたくそにうるさい。残った女子数人はスマホ片手に適当に駄弁ってるグループと黙々と勉強しているグループに分かれている。

 私立霞ヶ丘東中学二年七組の教室は、今日も今日とて退屈な私たちの日常をそのまんま映し出したかのように退屈だった。

 時間が酷くゆっくりと流れてる。

 希望を抱いて入学した記憶もそこそこ昔。小学から中学に上がるという漠然とした憧れは最初こそ抱いていたものの、この小・中・高エスカレーター式の学校においては、だいたいのメンバーが変わらずそのままでいることもあって、変化もなにもあったもんじゃない。目の前の卯衣雨梨(ういあまり)に関しては、小学校別で家近所、引っ越しで離れ離れに、中学にて再会、という、まあ他の人とは違う流れがあったのだが、結局のところ新鮮味は他の人と同じく無い。

 春。

 四月下旬。

 うららかな日差しの元で私たち二人は机を挟んで座っていた。

 窓は三分の一くらい開け放っていて、そこから春風と共に吹奏楽部の『ぱぇ~』というトランペットの音とユーフォニウムの『ぶぉ~ん』という音が響いてくる。さっきから絶妙に眠気を誘う。曲やれ、曲。

 壁の位置が邪魔してわずかしか見えない校庭では、サッカーゴール前で暇そうにしているキーパーの姿が今日も変わらず見えていた。ちなみに昨日も一昨日も一昨々日も見えていた。一昨々日は休みか。だが、休みでも変わらず休日練習で彼はあそこにいるんだろう。ご苦労なことである。

 さて。あたしは巡らせていた視線を雨梨に移す。

 卯衣雨梨(ういあまり)。

 先月誕生日を迎えた遅生まれの女の子。身長はあたしと同じく一五二で体重はあたしよりわずかに上な××××。一部の違いである。こなくそが。

 髪型は日替わりで変えており、髪飾りがどこかガーリッシュな印象を与える(ようはギャルっぽい)巻きのツインテールか、スポーティな印象を与えるポニーテールのどっちかだ。ちなみに今日はツインテール。そのテールの高さも日によってまちまち。今日は高めだった。

 よく片眉上げて、唇を尖らせた表情をしている。睨んでいると取られかねないその表情は、本人曰く癖みたいなもんで、本人としてはそうしないように結構気にしているらしい。が、笑うと鼻で笑うか喉の奥でくつくつと笑うかという癖もあり、他にもまだまだ……、あたしとしては気にしたところで大して印象変わらないと思っている。

 理由の一つがこれ。

 無茶振り。

 退屈を紛らわすときによーく雨梨がやってくる。

 傍から見れば、ヤンキーが陰キャに絡んでるようにしか見えまい。

 応えちゃうあたしもあたしだが。

「あー、ね」

 あたしは首をこきこきと鳴らしながら自分の両手のひらを見た。

「大変だったなあ、あの時は」

 対する雨梨はスマホをスカートのポケットへと仕舞い、あたしに向き直っている。態度は偉そうに椅子にふんぞり返って腕組みして。

「イエティでしょ。イエティ」

「うん」

 言いながらあたしは胸中思う。イエティってなんだっけ。なんとなく、ぼんやりと白い毛むくじゃらのナニカが頭に浮かんできたが、それがはっきりと像を結ばない。

 あたしは考えながら喋ることにした。

「やあ、結局ドローだったんだよね。勝敗付かず。最後、負け越して山降りてきたからなあ。未だに引っ掛かってるんだよねえ。あたしの中では。それをさもこっちが勝ったみたいな雰囲気出されちゃあね。たまんないよ。ったく」

「負け越してるんだったら、ドローじゃないんじゃないの?」

「二連続で負けてるの。合計二十六戦やって十三戦こっちが勝ってて十三戦負けててね。んで最後の二回がこっちの負けで終わってるんだよ。いやあ悔しかったなあ。あいつらときたらもう。あることないこと喚きやがって、まあ」

「ら? そこまでやっといてどうして山を下りたの? 山ってどこの山? そこに行けばイエティに会えるの?」

「待て待て。話す話す。順番に言うからさ」

 あたしはどうどうと抑える仕草をするが、そんなあたしに構わず雨梨は、

「あ。吉川(きっかわ)ちゃーん。お勉強終わったのー? こっち来なよー。桜子がイエティと闘ったときの話今してるから」

 と、前の席にいる子を手招きしていた。

 おーい。まじか。こいつ。

「へえ。イエティですか」

 ぐっと伸びをし、こちらに振り返った後、近づいてきた子。

 吉川香和乃(きっかわかわの)さん。

 ぽやぽやしたお嬢様っぽい子。お日様の光を浴びてすくすく育ったような汚れを知らない子って感じの女の子。黒髪ストレートのさらさらへあーの女の子。

 中学から一緒になった、あたしたちと一緒によくつるんでる女の子。

 香和乃という名前は本人あんまり気に入ってないらしく、あたしたちは吉川さん、吉川ちゃんと呼んでいる。

 お勉強熱心。将来の夢は捜査一課刑事だとか。どうせ何かの影響だろう。

「それを今から桜子が説明するって」

「ふーん。あ、ありがとうございます」

 にっこにこしながらやって来た吉川さんにあたしは隣の大地くんの椅子を差し出す。ピンと背筋を伸ばして座る吉川さん。ううむ。

 イエティってなんだよ。

「イエティってなんだと思う?」

 二人に振ることにした。

「闘ったのではないんですか?」

「それをこっちが訊いてるんじゃん」

「いいから。イエティって二人はなんだと思う?」

 ふたりは暫しの沈黙の後言う。

「毛が白いゴリラ」

「私はゴリラよりももっとずんぐりむっくりしているイメージです」

「今日日ずんぐりむっくりって言う?」

 割とこのお嬢、言葉使いが独特だったりする。

「まあ、いいや。違う。違うよ、ふたりとも。ふたりともイエティのことなーんにも分かってない」

「はあ。だからなんだよって」

「聞きたい? 聞きたい。じゃあ言うよ、あのね?」

 あたしは溜めに溜めて言った。


「……イエティは柔道部なんだよ」

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