第2話 

『あなたがここから出るには、別の世界へ転移するしかありません。』


「転移?なんだそれは。」


「元の世界に戻ることは不可能で、仮に戻れてもあなたの肉体はすでにないでしょう。だから別の世界へ移動するのです。』


「だからその移動はなんだって聞いてんだよ。」


『そのままの意味です。』


トゲトゲしい返事。結論の見えない話に少しイラつき真っ青な木の幹を蹴り飛ばす。しかし、脱出の可能性をこの放送は示してくれているのだ。思い直す。


『世界というのは複数あります。宇宙といった方がいいかもしれません。あらゆる可能性、条件によって様々な世界があるのです。例えば人間が猿から進化したのではなくタコから進化した世界。魔法があった世界。』


想像してみる。人間が誕生しなかった世界、俺が女だった世界、昔隕石が落ちた世界、戦争が起こらなかった世界。様々な可能性があるはずだ。


「俺の世界はその中の一つか。」


『はい。ここは生者の国と死者の国を結ぶ通路に当たります。そして、ここにはあらゆる世界線から死者が来ます。』


「...なるほどな。」


『つまり、つながっているのです。いわば、“多次元の狭間”。』


セトは唾を飲んだ。いつのまにか歩みを止めていた。放送に聞き入っている。


『“隙間”を見つければそこから脱出してつながっている他の世界に転移できます。しかし、元の世界は絶対に帰れません。そういう決まりなんです。』


「隙間...?」


気配を感じて振り返る。歪んだ裂け目のようなものが見えた。その先からは、心地よい冷たい風と柔らかな光が漏れ出ていた。


『あなたは三日間一度も振り返らずに、立ち止まらずに、前だけを見て直進してきました。あの一本道から逸れる阿呆はそういった人がほとんどなのです。だから、仕組みになっています。』


「つまり、ここを通れば他の世界に行けるのか?」


『はい。』


裂け目を見た。

直感的にこの先は“大丈夫”だとわかる。

俺の本能がそう言っている。


セトは迷うことなくその裂け目に手を伸ばした。風の勢いが強まり、全身が引き寄せられる感覚に襲われる。恐れはない。

しかしセトは動きを止め、虚空へ問いかけた。


「なんでここまで親切に教えてくれるんだ?」


初めての俺からの問いかけに、放送はしばらく沈黙し、ガサガサの音質で答えた。


『気まぐれです。三日間振り返らずに直進した馬鹿は初めて見たので、面白かった。あなたなら退屈なこの業務の暇つぶしになりそうです。』


セトは軽く笑いつぶやく。


「誰が馬鹿だ。」


そして裂け目に足をかけると、一気に通り抜けた。


◇◆◇


ぼやけた視覚が戻る。


「え」


俺は空中に放り出され、下方に広がる夜景が視界を埋め尽くす。


「――落下かよ!」



風切音がうるさい。涼しいとは言えない冷たい空気が自分の下からすごい速さで上へと過ぎ去る。


「どういう状況だ!」


『裂け目の出口の座標がかなり高い場所にあったみたいですね。』


脳にすっかり聞き慣れた女の声が響いた。


「まだいたのか。空気的にお別れの感じだっただろうが。」


『私は“多次元観測者”です。裂け目を通ったところで特に変わりません。あなたは変化が大きいようですが。』


「なんだって?」


分厚い雲を突き抜けると、眼下には壮大な街。前世では見たことのないくらい高い建物や美しいデザインの建造物に、息を呑む。おそらく俺がいた世界よりも高度な文明だ。あんな全面ガラスの大きい建物なんか見たことがない。


『あの建物は『ビル』といいます。確かにあなたの世界ではまだあそこまでの建物はないようですね。』


「はぐらかすな。俺の体がなんだって?」


『...今のあなたは魂だけの存在です。』


落下は続いている。

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