傭兵出身の最強殺し屋、冥界から逃亡し陰キャの体を乗っ取ってしまう

夜野やかん

プロローグ

「...ハァッ、ハァ...。」


夜の街の中、俺は息を切らして血まみれのナイフを拭った。

夜の街、周囲の割れた街灯。横にある街灯だけがこの街の一部を照らす。

目の前に黒服が手にナイフを握りながら大の字に倒れている。

よく周りを見れば、同じように倒れた黒服が10人、いや、20人以上。

すでに俺も傷だらけで、息は乱れ、余裕はない。



「クソ...多すぎんだろっ!」


愚痴もほどほどに飛んできた銃弾をと、振り向きざまに手元の拳銃で物陰を一発撃つ。

乾いた銃声、重たい肉を地面に落としたような音が響く。頭に命中したはずだ。


「...。」


次の敵に備えて、俺は周囲を見渡す。

まだ緊張と警戒は解かない。


1分。


5分。



「もういない、か...。」


ようやく俺はため息をついて、ポケットに入れておいた缶コーヒーを開けた。


やけに静かな街にプシュ、と音が響く。

苦味を味わいながら転がった死体を数えてみる。


男はこの国の傭兵だった。

5年前の東西戦争で戦場を駆け回り、単騎で100人以上殺したという。複数支部をこれまた単独で壊滅させた。砲撃を避け、銃弾を避け、接近しナイフで突く。遠距離から額のど真ん中を撃ち抜く。


伝説はとどまることを知らなかった。


彼は、“死神”と呼ばれるようになった。



彼の活躍のおかげで戦争は終わった。


しかし、戦争中に生まれ、生きるために戦ってきた彼は普通の生き方を知らなかった。


その力を持て余した。


だから彼は、殺し屋になった。


任務成功率100%の元傭兵殺し屋。

“死神”に目をつけられたら終わり。

噂はどんどん広まった。政治家から依頼されることも増えた。彼にとっては庶民も政治家も関係なかった。


力をつけすぎた彼は、国から狙われる。

彼が酒を飲み少し酒が入った深夜に襲撃が行われた。


それが十数分前のことだ。

国が選抜して鍛え抜かれた特殊部隊20人余り。近距離で首を狙うもの、遠距離からスナイプするもの。彼はいなし続ける。


彼の誤算と言えば、彼が酔っていること、彼の想定よりも国選特殊部隊が善戦し彼の武器と体力を消耗させたこと。


そして。


『もう1人』の気配を探れなかったこと。


「―――ッ」


ゾ、と背中に鳥肌が立ち、思わず缶コーヒーを落とした。

足がこの場から離れようとする。


しかし、間に合わない。

ズッ、と肉を着るような音。

数瞬後、焼けるような痛み。


「...いたのか。」


俺に察知されないほどに気配を殺して隠れていた伏兵か。

長刀が背後から下腹部を貫通するように刺さっていた。


「...あの一瞬で跳躍して心臓に刺さるのを防ぎましたか。」


背後から若い男の声。


「この部隊も“負けなし”、“世界最強”といわれてるのに軽くいなして...。バケモノですね。」


「黙れ。」


俺がそう言い放ち、試しに殺気を放ってみる。

すると、一瞬で気配が消える。

いや、限りなく小さいだけだ。他の奴らの殺気に隠れていたのか。


「隠密系の敵はめんどくせえよ。」


長刀が抜けないように有り合わせの布で固定する。

肺とあばらが逝ったか。

だけど、動けないほどじゃない。


「戦う気ですか。残念、私はあなたに敵うと思うほど自惚れてません。」


「...。」


闇から男の声。反響して声の出どころはわからないが、背後から微かな気配を感じる。


パァン!


命中を確信する。しかし、まだ倒れる音が聞こえない。


「予想通り心臓を狙ってきましたね。この防弾チョッキがなければまずかった―――『こちら021。部隊は壊滅。標的は一部損傷。やってください。』」


『こちら総司令部了解。周辺住民の避難は確認済み。021、ご苦労であった。』


微かに影から2人分の声がする。通信のようだ。


男は再び影に向かって引き金を引く。

防弾チョッキを考慮して、頭へ。

カチ、と軽い音のみが響く。弾切れ。


「先ほどの先頭から合計してこれで24発目。焦って残弾数が抜けていましたか?」


若い男が俺の腕を掴む。

あっ、と思うまもなく振り解こうとする。刹那、轟音と共に前方から明るい橙色の光が突っ込んでくる。

深夜闇に包まれていた街がその光で照らされあたりは昼のように輝く。


「なッ...!」


ミサイル。あるいは、爆弾か?


男が数瞬で跳躍可能な間合い、半径約7m。

その中には物陰も盾もない。


避け...せめて隠れ―――


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