状況把握
「
俺は今、城なのか要塞なのか、よく分からない建物の中を歩いている。
今は原作のストーリーのいつ頃なのか?
外を歩けばすこしは何かがわかるかと思って、玉座の間を出てみたんだが……。
「何もわからん」
なんせ、いま歩いてる建物の中は、窓がひとつもない。
歩いても、歩いても、ダークな悪の秘密基地みたいな光景が広がってる。
おかげでここがどこなのか、それどころか、今が昼か夜かもわからない。
ゲームではありがちだが、実際は居住性最悪だな。
「はぁ……まいったな」
「閣下? どうされました」
「ッ?!」
後ろから声をかけられて俺は心臓がキュッとなる。
しまった! うっかりボヤいたら、それを聞かれたようだ。
い、いかん。ユリウスとしてそれっぽく振る舞わなくては……!
「ただ辺りを歩いているだけだ。詮無きことよ」
「ハッ!! お、お邪魔して申し訳ありません!!」
俺はゆっくり声の方に振り返る。
すると、声をかけてきたのは、さっき玉座の間にいた参謀っぽい女の人だ。
メガネをかけた女の人は、ローブと鎧が混ざったような服を着ている。
布の部分はシワひとつなく、鎧もピカピカで、まるで工場から出てきたばかりって感じ。彼女の胸までまっすぐ延びる艷やかな金髪も、乱れひとつ無い。
印象としては、几帳面をそのままヒトにしたって感じだ。
事務員LV100っていうか、ちょっと苦手なタイプかもしれない。
「では、失礼いたします」
踵を返す女の人をそのまま見送ろうとして、俺ははたと気づいた。
そうだ、何も難しいことはない。
彼女は参謀なら帝国の現状を詳しく知っているはず。
皇子についているなら、帝国の機密情報も扱ってるだろう。
素直に彼女に聞けばいいんだ。
「待て。」
女の人は、ビクン! と電気に打たれたようにして凍りついた。
肩が震え、明らかに
……ん? あ、そっか。
俺、というかユリウスか、こいつのキャラ忘れてた。
処刑マシーンにいきなり止められたら、そりゃ怖いよね……。
ご、ごめんなさい。
「現状を知りたい。資料はあるか?」
「は、はい! こちらへどうぞ!」
女の人はガチガチになりながら俺を案内する。
彼女の後ろをしばらく歩くと、サーバールームみたいなところに到着した。
どうやらここが資料室らしい。
部屋には所狭しとピカピカ光る金属の箱が並んでいる。
そして、部屋の中央には何かのクソデカマシンが鎮座していた。
すると参謀さんはクソデカマシンまで歩いて行って、カチャカチャと何かの操作を始めた。俺がそれを見守っていると、「ブン」と音がして、マシンの上に青く輝くホログラムが浮かびあがった。
おお、何か知らんがすごいハイテクだ。
ラスト・ファンタジーは基本的に剣と魔法のRPGだ。
しかし、アイゼン帝国は古代帝国のオーバーテクノロジーを解析している。
なのでこうしたパソコン的なものが普通にあるのだ。
「では、閣下がすでにご存知の部分もございますが、ご説明します」
「うむ」
参謀さんは装置を操作してホログラムに地図を表示する。
お、これには何となく見覚えがあるぞ。
「これは我々が制圧した『オダ王国』の地図です。」
やっぱりか。
オダ王国はストーリーの中盤で、帝国と戦うために主人公が行く場所だ。
エセ日本っぽいのが特徴で、ニンジャやサムライなんかもいる。
オダはゲームが始まった時に、すでに帝国に制圧されていたはず。
この情報だけじゃ、今が原作のどのへんかわからないな。
「そしてここが我々のいる場所、イセ・カステルムです。現在はオダ王国の残党の掃討が続いていますが、それも時間の問題かと」
「ふむ、ん――」
「どうされました?」
参謀さんに質問しようと思ったが、名前がわからない。
このままだと不便だし、彼女の名前を聞こう。
「お前、名はなんという?」
「は……?」
「名前がわからんと話をしづらい」
「ハッ! アニエルです閣下!」
こちらを向いて敬礼するアニエルさん。
このキャラの顔に見覚えはない。
記憶がないということはたぶん、帝国のモブ参謀のひとりかな?
これはもしかしたら、好都合かもしれない。
名前のあるキャラは、だいたいストーリーでやることが決まっている。
つまり、俺が何かやろうとしても、ストーリーをなぞろうとするはずだ。
しかし、名無しのモブキャラはそうじゃない。ストーリー上の役割がないということはつまり、ストーリーに影響されないということだ。
俺がこれからやろうとすることは、ストーリーを破壊する行為だ。
なら、彼女のようなモブキャラに手伝ってもらったほうが安全だろう。
「閣下?」
「あ、すまない。続けてくれ」
「は? は、はいっ!」
★★★
私の胸は高鳴っていた。
恐怖が混じった緊張のせいもあるが、主な原因は困惑だった。
(閣下がご自身の領地に興味を持つなんて……)
「ふむ……もう少し詳しく説明しろ。具体的に属州民の生活はどうなっている」
「はい!」
(いつもの気まぐれなのかしら……それとも本気?)
彼、ユリウス皇子は戦いにしか興味がない……と思う。
属州の民草のことを気にかけることなんて、これまで一度もなかった。
なのに今の皇子は、真剣にオダの地図を見つめている。
いや、それどころかその先にある民を見ている。
こんな事はこれまで一度もなかった。
もし彼が属州民の扱いを変えようとするなら、どうすべきだろう。
私は純粋な帝国人として、彼を止めるべきだ。
しかし、もし彼を怒らせたら……。
私はその場で処断され、死ぬだろう。
「なるほど。やはり過剰な労働ノルマが反乱を誘っているな」
「そ、そのとおりです閣下」
「この労働ノルマの原因を絶たねばならんな。よし、決まりだ」
(い、一体、何が起きてるのぉぉ?!)
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