第5話 魔導士訓練
「手綱に意識を集中しすぎです。やってみせますから、よく見ててください」
魔導士達の前で、ルイセは騎乗しながら見事に魔法を使ってみせた。
「おおっ!」
魔導士達の歓声と羨望の眼差しを受け、ルイセはどこかこそばゆく感じてしまう。
(どうして私がこんなことを……)
半ば無理やり軍師補佐などという役職を押し付けられた後に、キッドに頼まれたことをルイセは思い出す。
◆ ◆ ◆ ◆
「魔導士達を馬に乗りながら魔法を使えるようにするのですか?」
「ああ。魔導士達の魔法技術の底上げと、騎乗しながらの魔法使用、それをルイセに頼みたいんだ」
「魔法技術の底上げはわかりますが……」
ルイセはいまいち納得しかねた様子で首をかしげる。
魔法を使える暗殺者であったルイセや、冒険者としての経験もあるキッドなら、馬に乗りながらの魔法使用は生き死にに関わる必須技術だ。魔導士といえど、自分一人で生き延びなければならないのだから。
しかし、国に仕える魔導士は、通常、軍という組織の中で集団行動をすることになる。単独では弱い魔法であっても束になって使うことで、遠距離から敵部隊に大ダメージを与える戦術兵器級の戦力へと変わる。そして、戦場では、その重要な魔術師達を守るため、その周囲を重装歩兵で固めるのが、どの国でも行っている基本戦術だ。そのため、魔導士に乗馬しながら魔法を使う訓練をさせている国など、どこにもない。そういう状況になっているということは、すでに重装歩兵の守りを破られ、魔導士達が潰走しているということであり、その時点でもう戦いは負けなのだから。
「これからの戦いには必要になるんだよ。魔法を使いながら戦うことに関しては、俺よりもルイセの方が上だろうし、よろしく頼むな」
かつてキッドが戦ったシャドウウィンドは、魔法を使いながら剣を振るうというよりは、もはや剣と魔法が一体となった攻めをしてくる相手だった。あの戦いぶりは、今思い出してもキッドを戦慄させる。
そして、彼女のそのセンスは、乗馬時の魔法においても同様だった。意識の半分を魔法に向けつつ、もう半分は別のことに向ける。そういうことに関して、ルイセには間違いなく天賦の才があった。
「まぁ、やれというのなら従いますけど……。ですが、私は人にものを教えたことなどありませんから、どうなっても知りませんよ」
「大丈夫、大丈夫。魔導士達の前でやってみせてくれれば、それで十分手本になる」
そんな軽い感じの頼まれると、翌日には魔導士達の前で、軍師補佐として紹介され、「あとは任せた」の言葉を残してキッドは去り、ルイセ一人残されたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
一方、キッドの方は、魔導士達のことをルイセに一任することで、自身は騎士団の鍛錬に集中することができていた。
魔導士のキッドでは、騎士達に剣技を教えることはできない。だが、緑の公国では部隊を率いて戦ったこともあるため、キッドは集団としての戦闘技術や戦術については知識も経験も十分有していた。そして、軍隊として戦う場合、軍の象徴である騎士隊長クラスでもなければ、個々の戦闘力などはそれほど重要ではない。大事なのは、集団として、どういう意図でどう戦うかということだった。
「なんとか形にはなってきたな」
騎士達の動きを見て、キッドは一息ついた。
キッドの目から見ても、騎士達個人個人の剣の腕はたいしたことはなかった。キッド自身の剣の腕は素人に毛の生えた程度だが、緑の公国の三英雄のうちの二人、ミュウとジャンという二人の一流剣士の戦いを一番そばで見てきたのだ。剣士を見るその目だけは確かだった。
「剣の腕は心もとなかったが、みんな理解力は高かったからな。それに……」
紺の国が教育に力を入れている国であるおかげか、騎士達はみな勤勉で頭の回転も速かった。だが、いくら頭がよくとも、騎士特有のプライドや傲慢さがあれば、こうもうまく戦術理解が進むことはなかっただろう。何よりも大きかったのは、騎士団が外様のキッドを抵抗もなく受け入れたことだった。
過去に実績はあるものの、緑の公国を追放された魔導士。そんな得体の知れない男を、こうも受け入れてくれたのは、彼らの敬愛するルルー王女がキッドのことを信用しているからということもあるだろうが、何より大きかったのは、彼ら自身が自分の弱さを知っていることだった。弱いゆえに王女を守れない、その無力さを知っているからこそ、頼れるものには何でも頼り、吸収できるものはすべてものにする。その執念ともいうべき強い想いが、彼らにキッドを受け入れさせた。
「こっちは目途がついてきたな。あとは魔導士達か……」
キッドは騎士隊長に後を任せると、騎士団訓練場を離れ、魔導士達の訓練場へと向かった。
キッドが訓練場につくと、ルイセが魔導士達の前で、騎乗しながら器用に炎の矢を放っているところだった。
その動きから少しでも何かを盗もうと懸命な顔の魔導士達を見ると、口数は少ないものの、自らやってみせるスタイルのルイセの指導は、うまくいっているようだった。
キッドはこのまま静かに訓練を見守るつもりだったが、ルイセは魔導士達への指導に集中しながらもキッドの存在に気づいていたようで、魔導士達に自主訓練を指示すると、キッドの方へと歩み寄ってきた。
「魔導士達を私に任せたっきり、ろくに手伝いもしにこないのに、こんなところで見物とは良いご身分ですね」
内容にはトゲがあったが、不思議と口調から刺々しさは感じなかった。
彼女はなかなか感情を表に出さない。今も本当にそう思っているのか、実は違うことを思っているか、キッドも掴みかねるが、それこそが彼女らしくてキッドはなぜか安心する。
「ルイセのことを信用しているからな」
「――――!?」
ルイセの顔に一瞬戸惑いが浮かぶが、すぐにそれも消え、いつもの無表情に戻った。
今の表情の意味もわからないなと、キッドは肩をすくめる。
「まぁ、たまには休憩しようぜ」
キッドは腰に下げていた水筒をルイセに差し出した。
「そういうあなたは、こちらに来ては、いつも呑気そうに眺めて休憩しているようでしたが?」
水筒を受け取りながら、ルイセは細くて綺麗な目を更に細めて冷たい視線を向けてくる。
「気づかれないように見ているつもりだったが……気づかれていたのか」
「うっ――」
少しばかりの嫌味のつもりで言ったルイセの方が、ぎょっとした顔になる。
「べ、別にあなたが来たから気づいたわけではありませんよ。誰が来ても私はきっと気づいたはずです」
「ん? そうだろうな。ルイセほどの観察力と視野の広さがあれば、きっとそうなんだろうな」
「ええ、そうです。そうなんです!」
なぜか慌てた様子のルイセが照れ隠しのように水筒に口をつけ、グビグビとドリンクを飲んでいく。
「おお、なかなかいい飲みっぷりだな」
「……うるさいですね。……これ、水ではないんですね」
「ああ、俺の特製ドリンク。栄養あるんだぜ。味も悪くないだろ?」
「ええ、悪くはありませんが……特製ドリンクということは、あなたが作ったんですか?」
「まぁな」
ルイセはキッドの身体に目を向け、キッドの分の水筒を探すが、見当たらない。
「……ちなみに、あなたの分の水筒は?」
「ん? それしかないぞ」
キッドが指差したのは、ルイセが手にしている水筒だった。
「……一つ聞いていいですか?」
「ああ、構わないぞ」
「私が飲む前にあなたもこの水筒で飲みましたか?」
「そりゃ飲んだに決まってるだろ」
「――――!?」
ルイセの顔が急に赤くなり、水筒をキッドへと突き返す。
「どうした、急に?」
「な、なんでもないです! とにかくこれはお返しします!」
「……ん、もともと返してもらうつもりだったけど……口に合わなかったか?」
不思議そうな顔をしながらキッドは水筒を受け取ると、そのまま自分の口へと水筒を運んでいく。
(あ!? ちょっと待ってください! そこは私が口をつけたとこ――!!)
止める間もなくキッドは、無造作に水筒に口をつけ、中のドリンクを飲み始めた。
自分が口をつけたところと同じ場所にキッドの唇が触れるのを見て、ルイセはそれ以上見ていられなくなり、さらに赤くなった顔をそむけてしまう。
キッドが喉を鳴らして飲み込む生々しい音を、ルイセは隣で聞かされるはめになった。
そんな二人の元に駆け寄ってくる足音が一つ。
「キッド様、ここにおられましたか!」
荒い息を吐きながら近づいてきたのは、顔に覚えのある王女の近衛の兵士だった。
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
キッドは口から離した水筒を腰に結ぶと、近衛兵士に向き直る。
「緑の公国の使者が参られてます! ルルー王女がキッド様にも同席してほしいとのことです!」
「緑の公国……」
それはキッドがかつて在籍し、そして追放された国だ。
その国の名を聞くと、山奥の家から離れるときに見たミュウの顔が思い出され、また胸が痛みを覚える。
「使者の名前はわかるか?」
「はい、ミュウと名乗っていました」
「ミュウだって!?」
ルルーの紺の王国と、ミュウのいる緑の公国とは隣接していない。黒の帝国の脅威に脅かされているという点では同じだが、紺の王国は帝国の南側、緑の公国は帝国の西側と、現時点で直接何かをやりとりするメリットは薄い。
そんな中での、使者としてのミュウの来訪。
キッドにもその意図がはかれない。
「……わかった。すぐに行く」
キッドは王の間へと足を足早に歩きだす。
キッドの不安げな顔を見たルイセも、静かにそれに続いた。
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