国を追放された魔導士の俺。他国の王女から軍師になってくれと頼まれたから、伝説級の女暗殺者と女騎士を仲間にして国を救います。

カティア

第1話 王女と女騎士

「キッド様、どうかそのお力で我が国を救ってください!」


「いや、ごめん、無理」


 ドアの前でおさげを揺らしながら頭を下げる王女。

 しかし、キッドはにべもなく断りドアを閉めた。


「あっ待って……」


 まだ何か言っているようだが扉越しではよく聞こえなかった。


 扉の向こうの彼女の名前はルルー。紺の王国の王女であり、年はまだ15歳。父である現王は体が弱く、病床に伏している。その王に代わり、まだ若い彼女が政務を行っていると言われているが、紺の王国は決して大きな国ではない。むしろ弱小国と呼べる国であり、近隣にある大国、黒の帝国の脅威に常にさらされている。

 そのことは、キッドもかつて仕えていた国で得た情報から知っていた。

 王女という高貴な身分でありながら、深々と頭を下げていた彼女の姿を思い返し、キッドは深くため息をつく。


 彼女がこうしてキッドの力を求めてきたのはこれが初めてではない。国境にあるこの山奥の家まで、毎週来ているのだ。

 初めて彼女がきたときには、家の中に招き、詳しく話を聞きもしたが、断っても変わらず同じようにやってくる彼女に対して、キッドは今ではこのように雑な対応をするようになっていた。

 実際のところ、キッドには彼女に協力したい気持ちはあった。むしろ、彼女の真摯さに対しては好感を持っており、できることなら力になりたいとさえ思っていた。

 しかし、キッドには約束があった。2年程前までキッドは緑の公国に仕えていた。命令違反の責任を負い、爵位をはく奪され、国外追放となった身ではあったが、かの国には二人の友を残してきた。国を出る時にその二人と約束をしたのだ。保守派貴族を打ち破り、友が公王となった時には国には、自分も国に戻り、友と共に国を支えていくと。

 その約束が、ルルー王女の願いに応える最大の妨げとなっていた。


 一週間後、大雪の中、またルルーはやってきた。いつものようにわずかな護衛とともに。


「キッド様、お願いします。我が国をお救いください。今日は首を縦に振っていただけるまで帰りません」


「いくら頼まれても無理なものは無理ですから。こんな雪の中来ていただいて申し訳ありませんが、身体を悪くする前にお帰りください」


 今回も冷たく扉を閉めると、キッドは部屋の奥へと戻り、昼食の準備を始めた。

 外は雪、この天気では屋外にでることもないので、昼食後は、魔法体系の考察や新た戦術の構想を練って時間をつぶした。再び公国に戻ったときに役立つよう、自分なりに準備を進めているのだ。

 そういった作業に集中していたキッドが、外の物音に気づいたのは、3時間ほど経ってからだった。

 雪で家に影響が出ていないか確認のため外に出ようと扉を開け、キッドはそこで声も泣く固まる。


「――――!」


 頭や肩に雪を積もらせて、扉を閉めたときの同じところでただ立っている少女――ルルー王女の姿がそこにあったのだ。


「な、なにをやっているんですか!?」


 思わず言葉が強くなってしまう。


「今日は首を縦に振っていただけるまで帰りませんと申しましたよ」


 彼女はそう言って笑ってみせた。

 怒るでも咎めるでもなく、笑顔でそう言ったのだ。


「あっ、従者は来る途中にある休憩小屋まで戻らせましたのでご心配なく」


「俺が心配するのはあなたの身体ですよ!」


 キッドはルルーの手を掴み、家の中へと引っ張り入れる。


(氷みたいに手を冷たくして! この人はっ!)


 ルルーの頭と肩の雪を払い落して、奥の部屋にある囲炉裏の前までルルーを引っ張っていき座らせる。キッドはすぐに、毛布を取りに行き、ルルーに頭から被せた。


「温かい飲み物を用意します」


「お気遣いなく」


「気遣いさせたくないなら、言うことを聞いて身体を温めてください!」


「……すみません、わかりました」


 子犬のようにしゅんとなるルルーに、頭を抱えながらキッドは奥へと向かった。

 温かい茶を淹れたカップとともに戻ると、ルルーに渡す。


「ありがとうございます」


 毛布にくるまって、熱そうに茶を飲むその姿は、一国の王女ではなく、ただの年相応の王女にしか見えなかった。


 ルルーの身体が多少は温まるのを待ってキッドが口を開く。


「なぜそこまでして俺なんかに助けを求めるんですか? 魔導士が一人いたところで、国なんて変わりませんよ」


「公国の3英雄の一人として数々の難敵を打倒されたキッド様の活躍は、私も何度も耳にしております。それに、キッド様は覚えてらしゃらないでしょうが、幼き頃にキッド様のお姿を拝見したことがあります。その時に思ったのです、この人は私の英雄になってくださるかただと」


「そんなこと思われても、俺には荷が重すぎますよ」


「……キッド様も御承知のこととは思いますが、我が紺の王国は小国です。強大な黒の帝国の脅威には常にさらされ、その影響を受けた隣国の紫の王国が、我が国との戦争の準備に入ったとの噂も耳にしております。正直、今の我が国では、黒の帝国どころか、紫の王国とでさえ、まともに戦って勝てる見込みがありません。この窮地を乗り切るには、今の我が口自体を大きく変える必要があります。私はただの魔導士としてあなたに助力をお願いしに来たのではありません。キッド様、軍師として私たちに力を貸してください」


 少女の顔は王女の顔へと変わっていた。そして、王女としての矜持を持ったまま、深く頭を下げた。一国の王女が、国を追放され、なんの身分も持たない、ただのはぐれ魔導士に。

 キッドは考える。今まで自分をここまで必要としてくれた人がいただろうか、と。

 すぐに二人の友の顔が浮かんできた。


(お前らと同じように俺の力を必要としてくれる人がここにいるんだ。しかも、お前らよりずっと弱い女の子が……。お前らと別れて今日でちょうど2年か。待ってるだけじゃお前らに置いていかれるだけかもな。……俺も新しく踏み出すいい機会なのかしれない)


 二人の友は今も緑の公国で自分達なりの戦いを続けているはずだ。キッドが2年間も時間を止めている間に、さらに成長していることだろう。彼らと同じステージで共に戦うためには、凍っていた時間を再び動かす必要があるとキッドも感じていた。この王女の懸命な願いは、その氷を溶かすには十分だった。

 キッドは、目の前の王女のため、そしてあの日別れた友のために、再び戦場に戻ることを決意した。


「……ルルー王女、わかりました。微力ながら、俺の力、あなたのために使いましょう」


「ほ、本当ですか!?」


 王女の顔が、ただの少女の顔に戻っていた。

 ルルーには悪いが、この顔の方が彼女には合っているのではないかと、キッドはふと思ってしまう。


「あなたの前で嘘はつきませんよ」


「……ありがとうございます!」


 よほどこれまで張りつめていたのだろう。少女の顔に戻っていた女の子は涙をこぼしながらうつむき、嗚咽をもらした。

 たった15歳の女の子が、国を守るため、必死で考え、必死に行動してきたことは十分に伝わった。キッドはそんな女の子の姿をただ優しく見つめていた。


◇ ◇ ◇ ◇


 キッドは、準備もあるので三日後に紺の王国の王城に行くことを約束し、その日はルルーを城に戻らせた。

 そして約束の三日後。

 準備を整えて出発しようとするキッドの元に向かって山道を駆けてくる馬の姿が見えた。

 キッドには遠目でもその馬に跨る人物が誰かわかった。忘れようのないその姿。

 互いの姿がようやくはっきり見えようというところで、待ちきれないとばかりに、その人物が手を振る。

 やがて馬はキッドの家のそばまで来ると、馬上の人物は颯爽と馬から飛び降りた。

 青い甲冑を身にまとった金の髪の少女。美しさと強さと清廉さを備えた顔の奥には、少女の可愛さとあどけなさをも秘めている。彼女こそ、緑の公国の3英雄の一人であり、公国最強とまで言われる女騎士、そして、キッドの無二の友の一人であるミュウだった。


「キッド、待たせてごめんね!」


 弾むような足取りでミュウがキッドに駆け寄ってくる。


「やっとジャンが公王に就く準備が整ったの! キッドの爵位も回復されたんだよ! 一緒に緑の公国に戻ろう!」


 ミュウはキッドの手を握り、まぶしいほどの笑顔を向けてきた。

 よりにもよってこのタイミングでか――キッドは苦い顔をして心の中でそう毒づく。

 ジャンとは、緑の公国の3英雄の一人であり、もう一人のキッドの無二の友。若手貴族の旗頭であり、キッドがこの2年間、公国の公王の地位に就くのを待ち望んでいた男のことである。

 2年間待ち望んでいた吉報が届くのが、まさかこの日とは。キッドはそう嘆かずにはいられなかった。


「キッド、どうしたの?」


 ミュウはキッドの動揺を見逃さない。キッドとミュウは共に戦い抜き、最強のパートナーとして命を預け合ってきた相手だ。ミュウ相手に嘘や誤魔化しは通用しない。そのことは、誰よりもキッドが理解している。


「……すまない、ミュウ。……俺は紺の王国に仕える約束をしてしまったんだ」


「え……どういうこと?」


 ミュウがただでさえ大きな目を、まん丸に見開く。言葉はわかるのに、その意味がまるで理解できないといったようだった。


「助けたいと思った人がいるんだ。……緑の公国には、直接仕えるのとは違う形で助けになろうと思っている」


「言ってることがわからないよ……」


「……すまない。俺の勝手を許してくれ」


「なんで……」


 そう言ったときの彼女の顔を、キッドは一生忘れないだろうと思った。

 怒るでも泣くでもない、感情が壊れてしまったような、見ているこっちの胸が痛くなるような顔。ミュウにそんな顔をさせてしまった自分の罪を胸に刻み付ける。だが、ここで感情に流されてルルー王女との約束を反故にすれば、今度はルルー王女にこんな顔をさせることになってしまう。


「ジャンにおめでとうと伝えてくれ。……たとえ離れていても俺たち3人の心は一つだ」


 肩を震わせ動けないでいるミュウを残し、キッドは用意していた馬に跨る。


「待って……」


 これまで聞いたこともないよなうか弱いミュウの声を背中に受ける。

 ここで振り向いたら間違いなく決心が揺らぐ――そう確信したキッドは、決して後ろを振り向かなかった。


「俺は紺の王国を、緑の公国と同盟を結んで共に戦えるような強国にしてみせる。それができたらまたおまえらに会いに行く。……今度はおまえらが待っていてくれ!」


 涙も流さず、声も出さず、魂で泣いているミュウを残して、キッドは馬を走らせた。

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