第16話 宵星の思惑



(僕はただ……魔法執判しっぱん官に必ず、真相を明らかにしてもらいたいだけだ)



 リィエンの目的は、それだけだった。


 本当は誰かをおとしいれても良かったが、それはライズが許容しないだろう。であれば、もう正攻法で犯人を検挙けんきょしてもらうほかない。

 そのためにも魔法執判官には——それがどんなにありえなさそうでも、可能性のひとつひとつに目を向けてもらう必要がある。


 けして、あの部屋の唯一の鍵を持っていた人物ライズ・グロリエルが犯人なんて安直な結論にたどり着いてもらっては困るのだ。



 だから魔法薬学保管庫で鍵をかけ忘れたのは、リィエンということにした。

 そのほうが彼らも、この出来事を先入観なしに考えてくれると思ったからだ。



「……」


 

 歩きながら、リィエンはさりげなく魔法執判官たちに目を走らせる。


 自分とそう歳の変わらなそうな、実力も経験もさだかではない彼ら。

 けど今は、そんな彼らの捜査に賭けるしかない。


 期待はしている。けど。



(もし、ライズくんの身が危なくなった、そのときは——)






「まもなく、魔法薬学保管庫です」


 廊下でつながったいくつもの建物を通り過ぎ。

 ようやく彼らがやって来たのは、この校舎の中でも最も北東に位置する場所だった。


 ここまで来ると、校内の雰囲気もガラリと変わる。

 それまで木でできていた床は石に変わり、壁も、数世紀さかのぼったような古いレンガ作りに変わっていた。


 いつの間にか落ちた夕日の代わりに、廊下の壁をぽつぽつ、と。年代物の燭台が照らしている。

 校舎、というより、まるでどこかの貯蔵庫のようだった。


 ここまで来るとさすがに生徒の姿も見なくなったが——ヴァンは逆に首を傾げた。



「いつもだと、こういう現場には誰かしら見に来てるもんなんですが……」


「精霊が見張っているからでしょう。この廊下に生徒が入って来ないよう命令してあるんです」


「どおりで。それで、その魔法薬学保管庫は」


「ここです」



 先頭を歩くリィエンの足が止まる。


 彼は廊下に並ぶ古びた扉のうち、最も奥の扉の前に立っていた。

 扉は——この区画はどこもそうだが、荷物を仮置きすることを考えて、扉の前のスペースだけ壁をへこませた作りになっている。


 リィエンは振り向くと、扉の横に身を避けながらライズを見た。



「ライズ先生、鍵を」


「ああ」



 そう促され、ライズは白衣のポケットに手を入れる。


 指先にあたる、いつもの鍵の感触。

 持ち手をつまんで取り出すと、ヴァンが、へえ、と声をあげた。



「その先端についてるの、砂時計ですか?」



 それは、不思議な形状のかぎだった。

 普通の鍵同様、細長い形をしていたが、鍵穴に入れる先端部がコインのように丸くなっていて、そこに平らな砂時計がはめこまれている。


 中の砂は、傾けても下に落ちる気配はない。

 おそらくなんらかの、魔術的な仕掛けがほどこされているのだろう。



「俺も仕組みしかわかりませんが、鍵をさすと砂が動いて扉が開くようになってるんです。ほかにも鍵を使わずに扉を開くような異常事態があれば、それもわかるようになっていて——」


「だから、あのとき正常だった、と。おっしゃったんですね」



 その瞬間、ライズは思わず顔をあげる。


 すると、ぱちり、と。

 何度も見たヴァンのターコイズの瞳ではなく、淡いピンクに色づいた珊瑚さんごの瞳と目があった。


 それは。



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