第13話 密談の魔法



 それは、ほんの一瞬のことだった。


 ライズが事件現場となった魔法薬学保管庫と関係のある人物とわかった瞬間、魔法執判しっぱん官のふたりの目が吸い寄せられるようにライズに向けられる。


 観察。あるいは警察組織の人間らしい疑いの視線か。


 意図までは読み取れなかったが、それでもあのふたりにとってライズは既に重要な人物なのだろうと、リィエンは思った。



「ああ、こいつは——挨拶あいさつが遅れてすみません」



 妙に固くなった空気をほぐすように。

 ヴァンはくだけた調子で笑うと、リィエンにしたように、今度はライズに手を差し出す。



「事件について概要がいよう程度はうかがってます。案内とか、よろしく頼みますよ」


「ああ、もちろんだ」



 その手を、ライズがしっかりと握る。


 何も身につけていないライズの手と、指穴のあいたショートグローブからのぞくヴァンのむき出しの指先が触れた。


 その瞬間に。



「……」



 太陽を背にしているのに。

 まるで光に目がくらんだようにヴァンは一度だけ視線を下にずらすと、すぐに顔をあげて笑いかける。


 リィエンからすれば少し気になる動きだったが、ライズは疑問に感じなかったらしい。

 ただ向けられた笑みに、ライズも親しみをもって微笑み返した。



(いったい、どんな人物が来るだろうと思っていたが……)



 来てくれたのが、話しやすい彼らで良かったと。

 ライズは心の底からそう思った。



 それから。



 夕暮れの道を戻り。

 校舎を案内する道すがら、魔法執判官のふたりは色々なことを聞いてきた。


 事件発覚の経緯や魔法薬学保管庫の使用状況。そして鍵の管理方法など。

 それらの問いに、ライズとリィエンは丁寧に答えていく。


 校舎を歩いていると、さすがに途中何度も生徒とすれ違うことがあったが、その度にいちいち会話を中断せずに済むのはリィエンの密談の魔法のおかげだった。


 この魔法はリィエンが指定した対象者の中だけで会話が聞こえるという優れもので、どれだけ物理的に近づこうとも、対象者以外に情報が漏れることはない。


 実際、生徒の中には話を聞こうとやたら近づいてくる者もいたが——聞こえないとわかると、つまらなそうな顔で去っていった。



(本当は、どこかでゆっくり話しても良かったんだが……)



 ライズは当初、ふたりを応接室に案内するつもりだった。けど、それは時間がもったいないからと、魔法執判官のほうから遠慮された。


 それで今は、まっすぐに魔法薬学保管庫に向かっている。



 ——そう時間をかけずに解決するつもりなのかな。なにか、秘策があるのだろうね。


 そう、密談の魔法でリィエンがささやきかけてきたことを思い出す。



(けど、なんでリィエンはこんな複雑なことをしているんだ?)



 歩きながら、ライズはちらりとリィエンに目をやる。

 今、彼は——。



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