第11話 太陽の落ちる前に



 ライズは今、魔法薬学保管庫で起こった事件の有力な容疑者となっていた。


 べつに誰かにそう断定されたわけじゃない。けど、教員室を出るときに感じた教師たちのあの視線は。

 あれは、ただの興味から来るものではないことに、リィエンは気づいていた。



(……どうする、僕は)



 ライズの話を聞く限り彼が今すぐ勾留こうりゅうされることはなさそうだが、いつまでも無事とは限らない。

 なぜなら、魔法薬学保管庫の鍵を持っていたのは彼なのだ。

 それだけじゃない。あの部屋には侵入防止の結界が張ってあったが、それを張ったのは他ならぬライズだった。


 自分が怪しまれる場所で殺すだろうかということはさておき——彼が一番、殺人を実行しやすかったことにかわりはない。



(けど……それでもまだ、説明のつかないことがある)



 この学校は本来誰であれ、一切の傷害行為を働くことはできない。そのようなことが起きないよう、精霊が常に監視かんししているからだ。

 だから仮にライズが犯人だったとしても、精霊にはばまれ殺せなかったはず。


 なのになぜ。

 生徒は死んだのか。



「リィエン、大丈夫か?」



 いつの間にか下を向いていたらしい。リィエンが声のほうに顔を向けると、ライズが心配そうにこちらを見ていた。



「ごめん、ちょっと考え事をしてただけだよ」


「そうか。きつかったら、いつでも言ってくれ。立ち会いなら俺一人でもできる」


「ありがとう、ライズくん」



 自分のほうが何倍も大変だろうに。それでも、こうやって人を気遣うのが彼なのだ。

 そう思った瞬間、リィエンの胸のうちに感傷にも似た思いが走る。


 ——この太陽を、けして落とさせはしない。


 そのためにもまずは、この後の展開を少しでも有利に進めなければ。



 そのとき、不意に建物の作る長い影が終わる。

 と同時にぱっと開けた空間に出た。


 そこは、広場のような場所だった。


 丁寧にり揃えられた低木の植え込みに、整然と敷き詰められた黄昏に染まった石畳。その奥の正門には黒い鉄の柵が等間隔に並んでいて、それが夕陽の光を受け、石畳に長い影を作っている。


 その、長くとがった影の先。

 正門の傍に、誰かが立っているのが見えた。


 そこにいたのは。



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