第4話 カレとカレ


「ぼくが、男なのにこんな格好してるからって」



 ラベンダー色の大きな瞳が、にらむようにアルフェルノアを見る。その仕草しぐさすらかわいいと思えてしまうのは、彼の——ミルダの天性の才能なのだろう。


 ブレザーの袖やスカートからのぞく華奢きゃしゃな手足に、腰まで届く長い2本のおさげ。

 そして極めつけは、人形のように整ったとにかく愛らしいこの顔立ち。


 身長こそ他の女子より少し高めだが、それでも外見上、どこからどう見ても美少女にしか見えなかった。



 けど、それでもミルダは入学当初から男であることを公言していたし、そのうえでこの格好を貫いていた。


 事情はあるのだが明かしてはいない。

 仮に明かしていたとしても、あれこれ言われたり判断されるのはしかたないとミルダは思っていたのだけど。



「……べつに」


「なに?」


「べつに、その格好に良いも悪いもないんじゃないですか?」


「え?」



 返ってきたのは、意外な答えだった。



「もういいですか?」


「あ、うん」



 ミルダがうなずくと、アルフェルノアはすぐに校舎の外壁を調べる作業に戻っていった。

 その後ろ姿を眺めながらミルダは思う。



(良いも悪いもない、かあ)



 今まで、いいと思うとか、だめだとか、そういう言われかたはされてきたけど。

 どちらでもない、というのは初めてで。



(ふうん……)



 ミルダはもう少しだけ、アルフェルノアを観察してもいいかと思った。


 とはいえ。



(さすがにヒマだなー)



 手伝う気はさらさらないが、かといって見ていてもおもしろくない。

 ミルダは芝生に腰をおろすと、ぼんやりと周囲の景色に目を向けた。



 外から見た学校は、人がいるとは思えないくらい穏やかな静けさに包まれていた。


 遠くから聞こえる、かすかな鳥のさえずり。

 校舎裏に敷き詰められた柔らかな芝生には陽だまりのような光が降りそそいでいて、なにもしていないと余計眠たくなってくる。

 ごろりと横になると、白亜はくあの校舎が目に映った。


 この学校の校舎は少し変わっていて、いくつもの建物がくっついたような複雑な造りをしている。


 中央に教会にあるような鐘楼しょうろうが立っているせいか、学校というより大きな修道院のようだった。

 だったというか、ここは本当に古い修道院を改築して造られたらしい。


 だから、誰も知らない隠し通路がある可能性もゼロではないのだけど。



(まーなさげだよねー)



 空振りだろうとミルダが寝返りを打った、そのときだった。



「あれ?」



 視界の向こう。運動場の木陰に人の姿を見つけて、ミルダは少しだけ体を起こす。



「誰だろ……」



 幹を背に、制服姿の誰かが木に寄りかかるようにして眠っている。

 ミルダは手でひさしを作ると、じっとその人物を見て——すぐにあーあと、芝生に体を投げだして言った。



「なーんだ、グレイか」


「え、グレイさん、いるんですか?」


「ともだち?」


「いえ、そういうわけじゃ……ちょっとすみません」



 そう言いながらアルフェルノアはミルダの横を抜けると、そのまままっすぐグレイと呼ばれた男子生徒のもとへ歩いていく。






「グレイさん」



 アルフェルノアが声をかけたとき。

 グレイはまだ、深い眠りの中にいるようだった。


 腕組みした筋肉質な腕に、固く閉じられたまぶた。

 木の葉の隙間からこぼれた陽の光が、そんな彼の顔や服にちらちらと光の破片を落としている。


 こんなにも暖かく穏やかだというのに、赤銅しゃくどう色の短い髪からのぞく眉間は、そうとは思えないほど深いシワを刻んでいた。



「グレイさん、すみません」


「……」


「ほんっとすみません急用なんですけど!!!」


「——あ?」


「っ!?」



 まずい、と。

 反射的にアルフェルノアは身を固くする。


 思わずそうしてしまうほど、目の前のグレイから発せられた声は低く、不機嫌そうなものだった。


 それだけじゃない。

 深緑色の三白眼が、にらむような鋭い視線をアルフェルノアに向けている。



「なんだよ」


「……あ、いえ、その……」


「用があんだろ」


「……」



 思わず黙ってしまった。

 その沈黙をどう受け取ったのかはわからないが、グレイは、はあ、とため息をつくと、傍に放り投げていた鞄を引き寄せ中をあさり始める。



(いやいやいや、なに突っ立ってんですか。声かけたの自分でしょうが!)



 そう思うものの体がついてこない。それに。



「……」



 アルフェルノアの目が、吸い寄せられるように鞄に向けられる。


 べつに、何か自分が大変な思いをしたわけでもないし、怪我をしたわけでもない。

 けど幼い頃。ああやって見知らぬ人が鞄を漁って、中から刃物が出てきたことがあって、そのことがつい頭を過ぎる。


 とはいえ、いつまでもこうしているわけにもいかない。そう思ってアルフェルノアが気合を入れるように息を吐いた、そのときだった。

 グレイの手が何かを探り当てたように止まる。すると彼は掴んだ何かをばっと、アルフェルノアの目の前に突きつけた。



「……っ!?」



 急に目の前に現れたそれに、思わず息が止まる。

 そこにあったのは。

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