第2話 これが君との最初の会話(前編)


 視界の端に映ったのは、ひとりのクラスメイトだった。


 名前は知らない。一度も話したことはなかったし、彼がクラスで目立つことも、近くの席になることもなかったように思う。



 柔らかく癖づいた、ミルクティー色の髪。

 立ち姿はひょろりとした猫背で、ブレザーのダブルボタンをきっちり留めているせいか、それが余計に強調されて見える。


 一見すると気弱そうにも思えるが、長めの前髪とメガネの奥にちらりと見える紅い瞳が目をひいた。



 彼はミルダに見られていることに気づいた様子もなく、廊下側の壁伝いにまっすぐ扉に向かうと、精霊と何かを話す。


 そして。



「え?」



 あっさりと、彼は扉を開けて出ていった。



「ちょ……えっ、今の見た!?」



 ミルダは思わずクヴェンの袖を掴む。

 おそらく彼も驚いているだろうと思っていたのだが。



「あー、見た見た」


「え、なにその温度差。同じもの見てたよね?」


「だから、アルフェルノアが出てったところだろ?」


「アル……?」


「お前なー、半年も級友やってんのにそりゃないだろ」


「仕方ないじゃん50人もいるんだし。で、なんで出れたの?」


「なんでって」



 クヴェンはなにいってんだと言いたげな目でミルダを見る。その態度にミルダがむっとする前に。



「トイレだろ? さすがに教室でお漏らしされても困るしな。多分、廊下で他の精霊が見張りを引き継いでんじゃないのか?」


「……」



 謎は、簡単に解かれてしまった。



「……まあ、そっか。そうだよねぇ」



 言われてみれば、たしかにそうだ。

 筋が通ってる。


 けど。



「あーあ、なんか面白いことが起こると思ったんだけどなー」



 ミルダは盛大にため息をつくと、ずるずると椅子の背もたれに寄りかかった。

 ブレザーやスカートに大きなシワができるが気にしない。ただぼんやりと、教室の天井を眺める。



「そう簡単に起きないだろ。ま、鐘が鳴れば先生も戻ってくるだろうし。気長に待とうぜ」


「そうだねー……」


「そうだ、眠気に勝ちたいんならカフェインを限界まで濃縮のうしゅくできるこの魔力式コーヒー豆圧搾機あっさくきもおすすめで」


「おやすみー」



 面倒な販促はんそくが始まる前に、ミルダはさっさと寝たふりに入った。


 クヴェンは入学した時からこうだ。

 普段から、どこから仕入れてきたかもわからない怪しげな魔法グッズを手に入れては、こうしてクラスメイト相手に売りさばいている。

 ミルダから見ればガラクタにしか見えないが、それでもけっこうな稼ぎになっているらしい。


 そんな商魂たくましいクヴェンもミルダのことはあきらめたのか、すぐに他の誰かとの話し声が聞こえてきた。

 今のうちにと、ミルダはもう一度眠りにつこうとする。



 結論から言うと、このときミルダはそんなに長く寝ることはできなかった。

 けど短い眠りの中で、夢を見た。


 あれは。

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