第11話 目が覚めた男の人生、王妃の微笑み

 「おはよう」

 目が覚めて隣を見ながら呼んだのは恋人の名前だった、ロリアと。

 「とっくに朝は明けているわ」

 少し呆れたような声が返ってくる、そう言われて身体を起こそうとしたが、しばらくはそのままだった、昨夜の疲れが残っているのかもしれないとロアンは思った。

 「どうしたの」

 「君に見とれていたんだよ」

 その言葉に相手は笑いを漏らした。

 そんなことわかっているといいたげに。

 壁にかかった大きな鏡に映る自分の姿を見て彼女は満足そうな笑みを浮かべた。

 昔の自分とは比べると別人だ。

 古くすり切れた袖、埃と汗で汚れて古くなったドレスを着て朝から晩まで働きづめだった昔とは。

 今の自分は商家の女夫人といってもいい。

 自分が昔、屋台で物売りをしていたなど誰が信じるだろう。

 若者の恋人になり、世間からは貴族の愛人と呼ばれた、青年の別荘に住むことになり、家族とはなればなれになってしまった。

 幸せになる筈だった、だが、家族を病気になった。

 両親が倒れて、弟、妹が助けを求めに来たのだ。

 綺麗な服を着て贅沢な生活を諦めたくない、手放したくなかった。

 けれど、それは家族と一緒ではできない生活だ。

 贅沢は恋人がいてこそで、しかし家族の窮地を見ないままでというのはどうだろう、このままでは駄目になる。

 幸せになれない、色々なものを捨ててまで選んだ道がどんなものなのか。

 現実を知った、目の当たりにして悩んだ、そんなときだ、救いの手を差し伸べた人間がいた。

 欲しいもの全てを手に入れて幸せになる事は難しい、だが、できないわけではない。

 方法さえ、誤らなければと言われてロリアは悩んだが、答えを出すのに時間はかからなかった。

 

 

 夫婦は、その知らせを聞いたとき驚いた。

 ロナン、一人息子が娼婦に騙されて病気になったというのだ。

 薬を飲まされて行為に及んだ後、高熱と幻覚に襲われたようだ、しかも、病気は厄介な性病だ。

 治療して完治した、だが、再発の可能性が高い、それだけではない。

 飲まされた薬が厄介なものだというのだ。

 「子供は諦めたほうがいいでしょう、薬の副作用で五体満足で生まれない可能性が高い、いえ、産まれたとして、なんらかの」

 医者の言葉に母親はやめて下さいと叫んだ。

 愛しい一人息子の筈が悩みの種になってしまった、どうすればいいのかわからなかった。

 「馬鹿息子が、どうしようもない奴だ」

 そんな二人に義理の娘は声をかけた、自分に任せてほしいと。

 「悩むことはありません、彼が愛人と別荘暮らしだということを貴族達、世間は知っています、この責任が誰にあるのか、」

 愛人に任せましょう、女の言葉に二人ははっとした。

 「私だって世間に顔向けができません、お二人はまだお元気です、養子をとればいいではありませんか、駄目でしょうか」

 その言葉に夫婦は、はっとした、一人の少年の姿を思い浮かべたのかもしれない。

 貴族ではないのですから自由に生きてもいいのではと言われて二人は無言になった。

 

 事故、それは落馬だった。

 森で狩りの最中の不幸な事故といってもよかった。 

 医者が呼ばれて治療が始まった。

 

 目が覚めた男はすぐ側で自分を見おろしている女に声をかけようとして驚いた。

 「心配をかけたな、王妃よ」

 「良かったですわ、ご無事で」

 大丈夫だ、そう言って起きあがろうとした、だが、下半身に力が入らない事に驚いた。

 「大丈夫です、無理に起きてはなりません、まだ傷は塞がっていないんですよ」

 「そ、そうか」

 内心の不安を顔に出さないように王は答えた。

 何か欲しいものはありませんかと聞かれて、のどが渇いたと答える。

 「用意しますわ、すぐに」

 目が覚めて、怪我が軽くて、ひどくなくて良かったと無事を喜ぶ王妃の微笑み、だが、王は気づかなかった。

 その微笑みの、本当の意味に。

 

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