第9話 王妃の言葉で王は苛立つ 後戻りできないところに来ている男は気づかない
「ええ、それはもう、私、初めてみましたわ」
夫人の静かな声に近くにいた女達が黙り込んだ、何事かと聞き耳をたてて、近寄っていく、話を聞いていた一人の夫人が疑問を感じたのか訪ねた。
「ですが、その石は傷があるのでしょう、でしたら価値などないのでは」
笑いを漏らす彼女に周りの女性達はぴんときた、いや、勘が働いたのかもしれない、話題は最近、遠方から来たある夫妻のことだ。
自国では貴族だったらしい、だが、身分と領地を処分してこちらでは平民として過ごしているらしい。
話題は、その夫人が先日の茶会で身につけていた首飾りだ。
「その宝石の傷というより包容物、とても珍しいものでしたのよ、それで台座を作り、首飾りにしたらしいですわ、アルフハイム工房の職人が」
「えっっ、それは」
「本当ですの、奥様」
「ですが、あの工房は」
「最初は驚きましたわ、その話を聞いたときは、ですが、夫妻の後援者はフランヴァル家ですのよ、納得しましたわ」
女達は顔を見合わせた、まさか、ここで、その名前が出てくるとは思わなかったのだろう。
「それに皆様、大事なことをお忘れでない、石の傷、インクルがあるということは」
「マ、マダム、あの」
一人の夫人が目配せをした、何を言おうとしているのか察したのだろう、それ以上はと、まるで子供が内緒話でもするように周りの女性達を見た。
「どうしたんだ、王妃よ」
いつもとは明らかに様子の違う妻の様子に国王は笑顔で迎えるつもりだった、だが、欲しいものがありますという言葉にこわばった表情になる、といっても一瞬だ。
宝石ですと言われ、女は本当に石が好きだなと内心呆れてしまった。
「噂をご存じありませんの」
自分は宝石には興味がないのだ王妃よとさ説明品柄王は話の続きを待った、ところが。
「世界に一つだと、そんなもの」
「石の細工も見事で、工房の職人が」
「なら、その者を呼び寄せてたのめばいいだろう」
宝石を買うためにわざわざ他国へ出掛けるなど国の王妃が簡単に座をあけるものではない。
「ですが、その宝石を手に入れるには工房と商家出なければ駄目なんです、フランヴァル家の」
自分の顔が強ばるのを王は感じた、国を出た未亡人が夫の両親と共に商家を立ち上げたというのか。
貴族、商家、一体、あの家は、いや、女は幾つの顔を持っているのだ、今まで望めば、どんなもの、女でも手に入ったというのに。
「ねえっ、あなた」
返事はない、言葉が届かないのは聞こえていないのか、それとも別の感情が思考を邪魔しているのかわからない。
ただ、わかるのは無性に腹が立っているということだけだ。
なんだろう、このけだるさは、身体だけではない頭もぼーっとする、どうしたんだ。
もしかして、あの女に薬でも飲まされたのか。
宿を出てから女の家に泊まり込んで数日が過ぎ、一週間、一ヶ月になろうとしている。
その日、出掛けましょうと女の誘いにロアンは初めて部屋を出た。
馬車に乗りこむと、着いたのは大きな館だ、ここは女の自宅なのかと思った。
「皆が待っているわ、準備しなくてはね」
耳元で甘い声が囁く、一体何が始まるんだ。
手を引かれるまま、ロアンは建物の中に入っていく、玄関に入り目を見張った、貴族の館ではあることは間違いない。
壁の装飾、調度品、金がかかっているのが人目でわかる、貴族、いや、王族かもしれない。
体が震える、自分が後戻りできないところまで来ていることに、このとき、ロアンは気づいてもいなかった。
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