第8話 男は気づかない、甘い罠だということに
これは復讐、貴族に対する、だが全ての貴族に対してという意味ではない。
子供の頃は両親は自分を愛してくれたし、幸せだと思っていた。
あの日、七歳の誕生日を迎えたとき、街で買い物の途中、見知らぬ男に声をかけられた。
一緒に遊ばないかと言われて不思議に思った、男は豪華な服を着て街の人間とは違うのが一目で分かったからだ。
自分のような子供と遊ぶとはどういうことだろう、意味がわからない。
「お菓子は好きかい、ボンボンだよ、飴の中に蜂蜜が入っているんだ」
掌に乗せられた、一粒の飴を口に放り込むと甘い、嘗めていると砂糖衣が割れて中からとろりとした蜜が出てきた、こんなにも甘くと美味しいものは初めて食べた、だがしばらくすると頭がぼうっとしてきた、それだけではない、身体中が熱くなってきた、慌てて吐き出そうとしたが遅かった。
そして、気づいたとき、自分は知らない場所にいた。
誘拐という言葉を知ったのは、しばらくしてからだ、家に帰りたい、両親は心配しているだろう、逃げようと思い、立ち上がりドアに向かう、すると駄目だよと男の声がした。
ほら、こっちにおいでと手を引かれて壁に向かうと大きな鏡があった、そこに映っていたのは白いレースとフリルのドレスを着た少女だ。
とても綺麗な、まるで物語の中の主人公みたいだと思ったのだ。
「今日から君はアリス、僕だけの、アリスだ」
なんだって、違う、こんなのは間違っている、だって、自分は、違うと言おうとした、すると男が時分の口元に何かを近づけてくる、甘い匂いがした、それは少し前に時分が食べた。
いけない、食べては口に入れたら駄目だと思った。
それなのに自然と口が。
「いい子だね」
嬉しそうな男の声に何も考えられなくなった。
男と暮らし初めて数年が過ぎた、愛玩人形となって過ごすのは最初は嫌だと思った、家に帰りたい、逃げたいと思っていたのに。
不思議なことに、その気持ちもだんだんと薄れていった。
両親と暮らしていた頃には口にしたこともない美味しい料理や飲み物がいつもテーブルに列んで、ふかふかのベッドで眠れるのだ。
夢のような生活、ただ一つ、嫌だと思ったのは。
自分はアリスではない、だが、慣れとは恐ろしいものだ。
数ヶ月、半年、一年がたつと、嫌ではなくなってきたのだ、女の子の格好をすることが。
怖いのは、この生活が終わってしまうことだ。
慣れてしまうと戻れない。
「アリス、僕から離れないでくれ」
頷く少女の笑みはいまではすっかり女の飛翔に変わっている、だが、男は気づかない。
立場が入れ替わってしまったことに。
「素敵だよ、アリス」
自分を誉める言葉に女はにっこりと笑み浮かべながらも内心は呆れていた。
陳腐な言葉だわ、今まで相手にした貴族の中でも、この男はあまりにも、愚かというより馬鹿なのかと思ってしまった。
比べること自体が間違っているのだと思った。
同じ貴族だというのに(違いすぎる)
自分の主人とは、あまりにも。
それにしても、もっと気の利いた愛の言葉を口にできないのか。
「ねえっ、誰を思い出したの、最中に、あたし出田の誰を思い出したの」
「ロリアだ、恋人、だ、(比べものにならないよ)」
白い指先が男の口元に近づく、促されて躊躇うこともなくゆっくりと開く男の口の中に落とされた
飴を飲み込む様子に女は満足そうな笑いを浮かべた。
(あなたは今日から人形、あたしの)
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