第5話 愛人の家族、弟と妹の訪問で現実を知る その頃、本家は
「姉ちゃん、やっと会えた」
突然、訪ねてきた小さな弟と妹の姿を見て女は驚いた、家を出たのは一ヶ月ほど前だった。
そのときと比べて二人は痩せて、髪もぼさぼさだ、顔色もよくない。
一体どうしたのと訪ねると病気だという、それだけではない、両親も具合が悪くなり、ベッドから起きあがるのもやっとなのだという。
「知らなかった、あたし」
家族が病気になって大変なときに自分は恋人と不自由なく生活していたのだと思うと住まないと思ってしまった。
今すぐ家に帰ろうと思った、ところが、メイドに引きとめられてしまった。
「ロアン様が留守だというのに実家に帰られていいのですか、それに二人をご覧ください、とても疲れているようです」
「ど、どうすれば」
ロリアは困惑の表情を浮かべた。
「あなた達、お腹が空いてない」
メイドの言葉に二人は戸惑った表情になった。
「お兄ちゃん、あたし」
「駄目だ、ここは貴族の」
「スープとパンでいいかしら、お菓子は好き」
最後の言葉に女の子は叫んだ、好きっと。
子供達とメイドが台所に向かうと入れ替わりに執事がやってきた。
「奥様にお知らせしましょう」
「で、でも」
「心配ですか」
返事ができなかった、愛人の家族が困っていることを知ったところで正妻には不快なだけだ。
「あなたが何を考えているかわかります、ですが、それは私たちの主人に対する侮辱以外のなにものでもありません」
言葉もだが、執事の目が自分を明らかに軽蔑している目で見ていることにロリアは気づいた。
そして、このとき、彼女は自分と恋人の生活費が正妻であるジョゼフィーナが出していることを知った。
どうしてと思わずには居られない、不思議というより理解できなかった。
「ロアン様は侯爵家の跡継ぎというだけです」
働いていない、自分や家族のように屋台で朝から晩まで汗水流して労働しているわけではないのだ。
では、今、住んでいる館、使用人達の給金などは。
どういうことなの、ロリアの表情に執事は言葉を続けた。
「ロアン様の両親があなた方の生活費を出せば、それを知った世間はどう思うでしょうか」
貴族の正妻になるつもりですかと聞かれた彼女は返事ができなかった。
「お姉ちゃん、とっても美味しかったよ、スープには、お肉がたくさん入っているの、パンもとってもふわふわなの、柔らかくて、お代わりしちゃった」
「そう、よかったね」
妹の言葉に微笑みながら内心は複雑だった。
「お兄ちゃんもね、お代わりしたんだよ、骨付きの大きなお肉を」
「えっ」
「メイドさんにね、しっかり食べなさいって怒られたの、ふふっ」
兄の方は困った顔つきだ、小さな妹と違い、自分の立場が分かっているのだろう。
このまま、自分はロアンの恋人として、この館で暮らしていいのだろうか。
昨日、もしかしたら泊まりになるかもしれないとロアンは出掛けたきりだ。
お願い、早く帰って来てと願わずにはいられなかた。
「お招き、ありがとうございます、男爵」
貴族にしては館や敷地は決して広く、大きいとはいえない、だが、庭も館の中の装飾も目を引くものばかりだ。
それというもの、近国だけでなく、遠い辺境の地にも自宅を持っていて、自由に動き回っている、一つのところに定住していないのが理由だ。
「久しぶりだな、ジェラルド、大きくなった」
少年はにっこりと笑い、新しい祖父と祖母ですと二人を見た。
「実は男爵に見せたいものがあるんです」
その言葉に男は肉付きのよくなった顎をさすりながら目を細めた。
「なんだ、そういえば、楽しみにしてくださいと手紙に書いていたが」
先日、自分は十七歳になった祝いにプレゼントをもらったんですと婦人に笑いかけた。
その言葉に婦人は驚いた顔になった、思い出したのだろう。
「あ、あれはお祝いなんてものでは」
少年は胸ポケットから何かを取り出した、ハンカチに包まれているようで、それをゆっくりと取ると中から現れたの青い透明な石、宝石のようだ。
婦人は顔を赤くした、宝石といっても価値などないに等しいものだ。
結婚したばかりの頃、夫が宝石をプレゼントすると言ってくれたのだが、家督を継いだばかりで決して裕福ではなかった。
そんなとき、訪れた宝石店で偶然、見つけたのは店頭には公には出せないものだった。
突然、男爵はハンカチに石を包むと周りを見回した、今、自分が見ているものを誰かに見られては大変だというように。
だが、この様子に夫婦は何が起こったのかわからずにいた。
ただ、少年だけはにこにこと笑いながら、ジョゼフィーナ様を呼ばなければと小声で二人に囁いた。
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