第八話:お兄ちゃんの為なんだからね、だから私の初めてをあげる


 私は悩んでいた。



 手元には加賀美かがみ先輩から預かった招待状がある。

 しかもこれって最近人気のあるライブのイベントのやつ。



「はぁ~、おめでとうお兄ちゃん。これで上手くいけば相思相愛だよ……」



 そう言ってみて、違和感を感じる。


 このままのお兄ちゃんだと絶対に何かやらかして加賀美かがみ先輩にフラれる。

 女の子の扱いが全然なっていない。

 絶対にやらかすに決まっている。


「だめだ、今のままじゃ確実に加賀美かがみ先輩にフラれる」


 私はそう言いながらお兄ちゃんの部屋に行くのだった。



 * * * 

 


「えっと、つまり俺と琴吹ことぶきでデートの予行演習をするって事か?」


「そう、せっかくあちらに気があるんだし、ここはびしっと決めないとお兄ちゃんにはもう春が来ないわよ」


 加賀美かがみ先輩から渡されたチケットをお兄ちゃんに渡して私はそう言う。

 こうなったら実践あるのみ。

 覚えるより慣れろだ。


「分かった」


「それじゃぁ、ライブのクリスマスパーティーまで毎日私とデートの練習よ!」


 私はそう言ってお兄ちゃんと毎日学校帰りにデートの練習をするのだった。



 * * * * *



「はぁ~、本当にこんなことするのかよ?」


「何言ってるの、女の子はこう言った些細ささいな事にきゅんと来るのよ!」



 あれから数日、毎日学校の帰りにショッピングモールや公園、おおよそデートで使いそうな所へ寄り道しながらデートの予行練習をしている。

 

 正直楽しい。

 お兄ちゃんと二人っきりで遊ぶなんて久しぶりだし、「女の子はこうしないとダメ!」って言うと素直にそれを実践じっせんしてくれる。


 時たまお尻を触ってきたりとエッチなことするから思い切りぶっ飛ばすけど。

  

 でもまあ、最初の頃に比べればかなりマシにはなって来た。



「ほれ、寒いだろ? 飲み物買って来た」


「あ、ありがと。あ~でも、これはだめだなぁ。お汁粉は好みが分かれるからこういう時はホットのミルクティーかコーヒーの方が無難ぶなんよ?」


 お兄ちゃんにしては気が利くようになってきた。

 私はお汁粉の缶を受け取りそれを開きながら飲む。


 甘くて暖かくて美味しい。



「でも琴吹ことぶきはお汁粉好きだろ?」


「え?」



 確かに私はお汁粉が好きだ。

 特に寒い冬の自動販売機で買うのは格別だ。

 

 お兄ちゃんは缶コーヒーを開けながら隣に座って飲んでいる。

 十二月は日が暮れるのが速い。

 既に周りは暗くなってきて、目の前にはクリスマス用に飾られた街並みがある。



「そっか、私の好きなの選んで来てくれたんだ……」



 その街並みの輝きを見ながら、もうじきこの魔法のような時間も終わってしまう。

 それをちょっと残念に思いながらお汁粉を飲む。



 と、何故かお汁粉がしょっぱい。



 気がつくと私は涙を流していた。

 慌てて涙をぬぐい、お兄ちゃんに見られないようにする。



「ん? どうかしたか?」


「なんでも、ない…… あ、でも……」


 周りが暗くなってきて、まだ街灯がついていないから私たちの座っているベンチは良く見えない。

 だから私はお兄ちゃんに言う。



「ここまではだいぶ良くなった。だからもう練習は終わり、明後日にはライブでしょ? だから、最後に重要な練習をしたら終わり」



 そう言ってお兄ちゃんに向き直る。


 

「さ、最後の練習は、もし上手くいったときに失敗しない様にするためのものだからね…… キスして……」



 私はそう言って上を向いて目をつぶる。


 これで全部終わり。

 お兄ちゃんはこれで加賀美かがみ先輩と上手くいく。

 その先の事は分からないけど、いもうとが手伝えるのはここまで。



琴吹ことぶき……」



 お兄ちゃんはそれだけ言って私を抱き寄せ唇を重ねる。


 私のファーストキス。

 そして初めての失恋。




 初めてのキスはお汁粉とコーヒーの味がしたのだった……


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