第15話 コンテンポラリー
気まずさを押し隠してひっつめ先輩はピロティに戻った。戻るなりみんなの前に出て声を張ってこう説明した。
「立長くんに聞いたけどみんな、わたしのこと誤解してると思う。劇団にコネなんて作ろうと思ってない。学生最後の記念にいい作品が作りたいだけなの。みんなと」
ちらっとひっつめ先輩がアイコンタクトを送ったのでみんなの一番後ろで両手で大きなマルを作る。それを見て確信を深めたらしくひっつめ先輩はさらに言葉を続けた。
「コンテンポラリーは難しくない。大事なのは表現しようとする……」
オレは顔をぶるぶる振ると慌ててバッテンを出した。それを見てひっつめ先輩は言葉をひっこめていい直す。
「たしかに難しいかもしれない。でもみんなでやろう。わたし少しづつ説明していくからみんなでいい舞台作ろう」
オレは腕を組んでうんうんと頷く。ま、及第点は残るけれどこれさえいえれば上出来だ。みんなは変わらず複雑な顔を浮かべていたけれど、ちょっと動こうとしている部員もいる。オレは率先して前へ出るとアップを始めた。
「コンテンポラリーとはふむふむ……表現に共通の形式を持たない自由なダンスである。個々のからだを躍動させ多様な表現形式で時代の潮流を映しとる。肉体で誰もが表現しうる手法である」
スマホをスクロールしてオレは読み上げた。
「これから読み解けるのは自由でいいってことなんだな」
するとひっつめ先輩が手を伸ばしてオレのスマホを確認した。
「うん、まあ自由だけどある意味そうじゃない。からだを使って情感を表現するの。動けばダンスっていうことじゃなくてなんていうんだろうな。内から出る肉体美。ダビデ像を思い浮かべてほしいの」
オレは頭中に筋骨隆々としたダビデ像を思い浮かべた。なるほどなんか表現の塊だな。
「そもそもダンスって苦手なんですよ」
発言したのは男子部員だった。みんなも小さくうなずいている。まあジャンル的にはミュージカルだよな。
「ダンスって思うからいけないのかもしれない。感情表現の手段って思えばいいの」
「あ、そっか! だから死の恐怖を表現するのにちょうどいいんだ」
オレがぽっというとひっつめ先輩は手を満悦で叩いた。
「そう、そうなの! だからコンテンポラリーとライフォールの鏡は相性がいいと思ったの」
そういってひっつめ先輩はのびやかに四肢を動かした。細く鍛え抜かれた腕で丸を作り、足は後ろに下げてからだをくんと落として回る。水の中で動いているようにスローな重みのある動きだった。
「軽いと思わせちゃいけない、重力をまとって動いてるって思わせるの」
「簡単にいうけどそれが難しいんだよ。バレエの素養もないから」
部長の言葉にはひっつめ先輩も困ったという顔をした。ダンスの経験がないものからすると重力を感じさせる演技というのはとても難しい。体幹とかの問題もあるだろう。
「みんなどうやって練習してる?」
「大崎先輩に送ってもらった動画見て自分の振り付け覚えてひたすら鏡の前で練習しましたよ」
へえ、全員分の振り付け。結構頑張ったんだなひっつめ先輩。
「でも出来ないんですよ。ただ動かしてるだけになっちゃう」
そうなんだよな、素人の動きってそうなるんだ。オレはあごに手を当てて首をひねった。オレもやり切る自信はあんまりない。
「一秒前の残像が見えそうな演技じゃないといけないっすよね、その場に置いてくるっていうか」
そういって動画を見た。なるほどな、雰囲気は分かってるんだよ。でも出来ねえ。ならばと、ひっつめ先輩は切り口を変えた。
「みんなは『死』ってどう捉えてる?」
「……死っすか?」
意外な問いかけにオレはばあちゃんの葬式を思い返した。子供の頃、ばばあゾンビとかやったわ。答えたのは小柄な女の先輩だった。
「とても怖いって思います」
「わたし思うの。動きが上手かどうかじゃなくて最終的には死の輪郭が全面に出てるかどうかじゃないかなって」
「あ、そか。ライオンに追っかけられて逃げてるって思えばいいんだな」
オレのこの発言にはみんながうーんと、疑問符を浮かべる。想像しにくいのだろう。部長がパンパンと手を叩く。
「よし、もう少しやってみよう。それでも万が一できなければ脚本を戻す。それでいいよな、大崎」
「うん、構わない」
それから帰宅まで三時間練習して体がバキバキになり、練習は持ち帰りとなった。みんな学業もあってそれなりに苦しいのだろう。それでも諦めない、だから俺もそうする。外はすでに真っ暗でオレはチャリにのって鼻歌を歌いながら帰った。
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