しがないモブ俳優がアカデミー賞死体賞を受賞するまでの奇跡
奥森 蛍
学生編
第1話 アカデミー賞授賞式
茫漠とした光の海を歩いていた。目前の灘に広がるのは栄光のレッドカーペット。命を懸けて作り上げた最高の作品を引っ提げて世界中の選ばれた映画関係者だけが一年に一度この夢の場所へと集う。
日本国のプライドを引っ提げてやってきたチーム『メゾン・ド・ゾンビ』、今年日本映画からアカデミー賞にノミネートされたのはこの作品と某有名スタジオの長編アニメーションだけだった。
黒髪の日本人レポーターが興奮に声を高鳴らす。
「皆さま、こちらロサンゼルスのドルビー・シアターです。先ほど巨匠のアントニー・ボールドウィンさんが通過しまして会場はすごい熱気に包まれています」
マイクの向こうのスタジオもずいぶんと盛り上がっているらしい。
『見延さん、日本からは死体役俳優の立長吉幸さんが死体賞にノミネートされていますが、まだいらっしゃってないようですね』
「はい、全米では今年度より新たに設けられた死体賞に誰が選ばれるかと話題が持ちきりで。タブロイド紙の下馬評ではフランス映画のプディングとメゾン・ド・ゾンビの一騎打ちになるのではないかと注目されています。日本勢としては……あ、皆さま。いらっしゃいました!
『すごいですね、一番目立ってますよね』
「話しかけてみましょう。立長さん! 立長さん!」
オレは眉を寄せて切られる前のサムライのような渋い顔をした。
「どうも、こんちは!」
「日本中が大興奮で見守っておりますよ、ひと言ください」
「辞世の句を詠みましょうか」
そっと袂に手を差し入れるとレポーターがぶっと笑った。
「え、え、死ぬんですか。辞世の句ですよね」
「すんません。死ぬのは受賞してからにします」
笑顔で敬礼すると大声を上げた。
「愛してるぜ、美代子ーー!!」
カメラの向こうでは愛する妻がこの滑稽なやりとりをきっと見ている。いつも通り生真面目に働きながら。絶対見ろよっつたら、わたし仕事よなんて釣れないこといってたけど、今頃ちっさなスマホ横向きにしてナースステイションで泣いてやがるぞ。
それにしてもすげえ景色だな。周囲を見渡してもフラッシュしか見えねえ。手を大きく振ると注目が集まって興奮した。振り返るとオレじゃなかった。外国のスターが到着したらしい。
オレは立長吉幸、三十七歳。ブサメンだが一応俳優をやっている。ここまでの人生の道のりは数奇で奇怪で、珍妙というには真面目過ぎる役者道だった。これから語られるのはいよいよオレがアカデミー賞にノミネートされるまでの奇跡と軌跡。誰でも歩けたかもしれねえが、根性がないと無理だったと自負している。少なくともたくさんの運と出会いに救われてオレは今ここにいる。
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