魂の在り処Ⅰ

     1

 朝陽に輝くのは、瓦礫がれきの山だった。一面、どこもかしこも、ゴミにまみれている。

 鉄くずやら、元は美術品だったかもしれない陶器とうきの欠片やらが、分別なく積み重なっている。その他、さまざまな廃棄物が、ごちゃ混ぜに絡み合う。

 そこは、そういう場所だった。不要なものをひとまとめに捨てるために、もうけられたのだ。

 余裕のない戦時下に行われた処置だ。

 そして、数十年に及ぶ戦乱の果てに国が名を変え、統一国家〈アッシュガルズ〉とあらたまったあとでは、余裕をもって、戦後処理に用いられた。

 途方もない量の使えない物が、放り込まれた。

 この王都〈ウォルスタンド〉南西一帯の廃棄区画はいきくかくは、そのためだけに、あった。

 不意に、瓦礫の山の一つが、崩壊した。

 物凄い、騒音が響き渡る。

 その場にいれば、思わず、顔をしかめてしまうのが自然であったが、そこにいた少年はべつだった。ここをねぐらにしている少年には、慣れ親しんだ音の一つだからだ。

「またお前か……! 錆ついた鋼鉄ラスティー・スチール!」

 チョビ髭の厚ぼったい唇の男が、盛大なしかめっ面で、少年を怒鳴りつけた。ついで、狼狽うろたえ顔で、瓦礫の山に倒れ込んだ金ぴかの巨人を見た。

 自立稼働型人形オートマタだった。

 巨大な体躯たいくをした、一般的にゴーレムと呼称されるタイプの、錬金術の産物だった。この国が戦乱の覇者になった由縁であり、象徴でもある。

「ロウェル・コールフォール! それが、俺の名前だって、言ってんだろっ。お前にも変な渾名あだなつけちゃうぞ、デジール!」

 ゴーレムをそこに押しやった張本人である少年が、揶揄やゆの込められた二つ名をフルネームで訂正した。

 少年――ロウェルは力強い黄土色おうどいろの目で、相手を睨んだ。渾名をつける候補に、成金野郎なりきんやろうと考えながら。

 ロウェルの特徴といえば、すすけたような金髪。長いマフラーに、ゆったりとした道着どうぎである。

 それよりも目立つ特徴が、両腕に備わった杭打くいうだった。

 薄汚れた、赤錆あかさびだらけの代物。それも、ロウェルの腕よりも一回り大きい金属のかたまりだ。

 それを自在に操り、つい今しがた、金ぴかのゴーレムをぶん殴り、ぶっ飛ばしたばかりである。

 錆びついた鋼鉄。本人が気に入らなくとも、そういう名が付くのは、さもありなんというところだ。

「お、おおっ……! 無事か? 立てるのか?」

 デジールが、瓦礫のなかから直立した金ぴかのゴーレムを見上げ、感動したような声を上げた。

 一歩、二歩とゴミを散らかしながら、ロウェルのほうへ近づいてきていた。

 ロウェルをしっかり見定めた様子だ。敵性てきせいとして。その頭部にある――精結晶スピリットクリスタルで。

 ロウェルに詳しい仕組みまではわからないが、それが核となる動力源で、そこが無事であれば、再度組み立て直せるということだけは、理解していた。

「しょうがないなあ……」

 ロウェルは、唇をへの字にした。頭上で金ぴかゴーレムが、大きな握り拳を振り上げるのを見守る。

 叩きつけてくるのを待って、ロウェルがあたりで跳ねるゴミに混ざって跳んだ。

 金ぴかのゴーレムの胸に、錆びついた杭打ち機がくっついた、左腕をお見舞いした。

 握り手の拳鍔ブラスナックル状の金属部位が、ピシリと亀裂を表面に走らせた。そこで、握り手の脇にあるくぼみを、押し込む。

 きつく絞り留めていた内部のバネがぐんと押し出され、白色の杭が鉄槌となって追い打ちをかけた。

 ガシャン! と積み重ねた皿を床にぶちまけたみたいな音を伴い、金ぴかゴーレムが、バラバラになる。

 崩れる途中、金ぴかの“メッキ”の一部が剝がれ落ち、くすんだ岩肌が露わになったが、そこにもう、突っ込む気はなかった。それほど、毎度のことだったからだ。

「よしっ。まず、一ヴァーチュだ!」

 比較的安定した瓦礫部分を足場に下り立ち、ロウェルは宣言するように言った。

 すかさず、左腕の杭打ち機の握り手を引き上げ、ギギッと軋ませる。いつでももう一発、放つための、習慣的な動作だった。

「なっ、なにが一善じゃーい! こっちだってな、借金の回収っていう大事な仕事なんだぞ! いつもいつもいつも‼ 踏み倒しの手伝いばかりしおってからにぃ!」

 ふるふる震えて、泣き面でデジールが砕けたゴーレムのなかから、精結晶のある部分を探す様子に、ロウェルは同情を誘われた。

 たしかに、と思わないでもない。

「お前らも、たまには払ってやれよなー。少しでいいから」

 振り返り、被害の及ばない遠くのほうで見物していた友人たちに向けて、びしりと指差した。

 一人はばつがわるそうに、肩をすくめた。

 一人はお手上げ、という感じに両手を上げる。

 一人は借金してたっけ、というふうに首を傾げる。

 まあ、無理だよな。同じくゴミ溜めをねぐらにしているロウェルにしても、金銭的余裕などこれっぽちもないのだから。

「まっ、いつか返ってくるって。ゴミのなかから、金塊きんかいでも見つかるかもしんないし」

 あまり深く考えず、デジールを励まし、ロウェルは日課のために廃棄区画をあとにした。

「……んなこと、あるわけないじゃろがいっ!」

 デジールの泣き声が、ゴミ山に反射して幾重にも響いていた。

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