あざとごはん

だら子

第1話

朝早く、会社に着けばいいってもんじゃないのはわかってる。


わかってるけど、僕はそうやって、会社の空気に慣れようとしていた。


早く行かないと、行きたくなくなる。ってのと、少しでも空いている時間にエレベーターに乗りたいってのと。


新入社員2年目だけど、そろそろ自分の企画を通したいと思ってる。


先輩のフォローだけじゃだめだ。広告代理店勤務なのに、自信を持てないし、自信持てばモテるかと思ったけど、実際モテない。話が違うじゃないか。


デスクに耳ついて、飲みかけのアイスコーヒーを横に見ていたら、頭の上に温かいものを感じた。


「これ食べる?」


眩しい。眩しいよ。3年目にして、バンバン企画を通して、後輩の面倒見もよくおまけに美しいミキ先輩が俺を覗き込んでいた。今日のアイシャドウピンクで可愛い。


「えっ、あ、ありがとうございます。いただきます。先輩…早いっすね」


「私もちょっと効率を考えてさ、これからは会社、早く来ようかと思って」


ミキ先輩のおにぎりはなんと手作りだった。


「あ、おにぎりの手作り気持ち悪いと思う派だったら…」


僕の凝視に気がついたのか、ミキ先輩が焦っている


「いえいえいえ、お、ほいしぃです。あ、シャケ、ほく、一番好フェぇす」


食べながら、俺はなんとか伝えようとする。目の前に暖かいほうじ茶が差し出される。何?ここどこ。ここ故郷?


ああ、美味しいな。やっぱりおにぎりっていいよな。力出るよな。


そして、次の日から、ミキ先輩は毎日、「ついでだから」と手作りのおにぎりを握ってくれた。ツナマヨ、昆布、唐揚げが入っていることも、そして梅


「あの、俺、梅干しだけはどうしても・・・」


そういうと、「そっかごめん!じゃあ、梅ちょうだい!?」って言って、おにぎりの中からひょいと摘んで食べる。その姿がまた可愛い。


仕事で評価されてないとかになったら、ミキ先輩と手作りのおにぎりまでけがすような気がして、頑張った。いや単純に朝ごはん食べて力が出たのかもしれない。企画も通るようになり、褒められる回数も増えてきた。


おにぎりの具で、先輩の様子もわかる。塩おむすびの時はイライラしている日、シャケの焼き方でもわかる。焦げた日、マヨネーズを入れすぎたツナマヨ。僕はお礼に、ランチをご馳走したり、スイーツを買ってきたり、なんとも言えない学生のような甘い交流をしていた。先輩に彼氏がいることを聞くのも失礼な気がして聞いていないけど、僕が彼氏だったら「朝おにぎりの件」を知ったらあまり気持ちはよくないだろう。


いつまでおにぎりを作ってくれるんだろう。いつまでおにぎり?


聞けなかった。聞きたくなかった。この関係が心地よかった。僕のことはきっと「可愛い後輩」と思っている。育てようとしてくれて、もしかしたら上司に頼まれたのかもしれない。でも聞きたくなかった。今日も朝の鳥の声はうるさい。


するとついにこの時期がきてしまった…。


「異動か…」


朝デスクに耳をつけて、先輩のことを考えていた。もう、これって好きだよな。と感じる。でも、溶けていく氷で汗をかいているコップを見続けた。言ったら、終わり。雑談すらできなくなる。そうしているうちに、頭に温かいものが乗る。


「今日で最後のおにぎり。食べてくれてありがとね。私さ、朝ごはん作るの面倒で、でも、一人暮らしで、作ってくれる人もいなくなって。食べてくれる人がいるってほんと嬉しいし、作る気になれたんたよね」


デスクから顔をあげ、僕は乾いた唇を開く。


・・・・・・・・・・・・・・・・


「出来たよー」


「わー今日私の好きなチーズトーストと、目玉焼きとベーコン!!コーンスープまである!!」


僕たちは、今一緒に住んでいる。来月結婚の挨拶にミキの家に行く。


「料理苦手だっていつから知ってた?」


彼女は上目遣いで僕をみる。


「おにぎり食べて1ヶ月くらいから」


「早っ。ちなみに私、本当はパン派なんだよね」


「知ってるよそんなこと」


僕は、作らなかっただけど、作れる料理男子。


高校の時から家族の食事を作ってきた。だから、おにぎりの具の状態や握り方なんかで、料理が好きか嫌いかわかっちゃうんだよね。


「隠してるなんで、あざとい」


同時言って、同時に笑った。



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あざとごはん だら子 @darako

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