2・考察

「……なるほど。瞑想してたら幽体離脱」


 おなじみのカフェでチキンサンドを頬張りながら、八尾さんはクルクルと指先でペンをまわした。


「で、青野は、それが星井とナツが入れ替わるきっかけだと考えてるわけだ?」

「そうです」

「いやいや、そんなことってある? たかが瞑想でしょ?」


 異議を申し立てたのは、俺の隣に座っている星井ナナセだ。最近ダイエット中らしく、今日は無糖のアイスティーをすすっている。


「たかがっていうけど、現にナツさんはそういう経験をしているわけで……」

「でも、青野はしてないんでしょ。一緒に瞑想してたのに」


 星井は、実にあっさり俺の仮説の穴をついてきた。


「瞑想で入れ替わることができるなら、青野だってそうなってるはずじゃん」

「それは……俺が瞑想しても入れ替わりは発生しない、とか」

「その理由は?」

「それ……は……」

「ほら、答えられないじゃん」


 容赦なく追撃してくる星井を「まあまあ」となだめて、八尾さんはメモ帳にペンを走らせた。


「これは今の話をもとにした仮説だけど、もしかしたら『瞑想+α』で入れ替わりが発生するんじゃないのか?」

「というと?」

「年齢とか誕生日とか。それこそ、ナツにあって青野にないものなんていくらでもあるだろ」

「あるある! 『かわいらしさ』とか」


 しれっとそう答えたのはナツさんだ。ちなみに、グラスのなかのアイスロイヤルミルクティーは、Lサイズにも関わらずすでに残り半分となっている。


「『かわいらしさ』って……それ、自分で言う?」

「言う! だってオレ、可愛いもん!」


 ねっ、と同意を求められたけど、俺にふるのはやめてほしい。そういうの、めちゃくちゃ答えにくい。


「とりあえず『+α』を考えてみる? 瞑想+『7月6日生まれ』……瞑想+『名前が「夏樹」』……瞑想+……」

「こういうのはどうだ? 瞑想+『同じ時間帯に、もうひとりの星井も瞑想してました』っての」


 八尾さんは、自分の思いつきをメモ帳に書き込んだ。


「これなら入れ替わりが起こりそうだろ。──まあ、星井が瞑想のやり方を知っているのが条件だけど」

「知ってる」

「知ってますね」


 俺と星井の返答が重なった。「そうなのか?」と八尾さんは目を丸くした。


「知ってますね、俺がやり方を教えましたから」

「そうそう、家でもときどきやってたしね」

「えっ、本当に?」

「ほんとほんと。お兄ちゃん『青野から教わった』って嬉しそうだったよ」


 そんな喜ばしい情報、初耳だ。星井も早く教えてくれればよかったのに。

 にやけそうになる口元を、それとなく左手で隠す。

 と、ふいに強い視線を感じた。視線の主は、意外にもナツさんだ。なぜか不機嫌そうな目で、こっちを見ている。


「どうかしましたか?」

「……べっつにー」


 ナツさんは頬を膨らませると、音をたててロイヤルミルクティーをすすった。「なっちゃん行儀悪いよ」と星井にたしなめられても、ツンとそっぽを向いて知らん顔だ。


「まあ、でもこの説はさすがに偶然に頼りすぎるか」


 八尾さんは、冷静に「偶然?」とメモ帳に書き加えた。


「たしかに……示し合わせたわけでもないのに、同時に瞑想するなんて、ちょっと考えられないですよね」

「それな。やっぱり可能性は低いよなぁ」


 結局、この日のミーティングは仮説がひとつ増えただけで時間切れとなった。

 一歩前進したのか、そう見えて実際は足踏みしているだけなのか。今の時点では、なんとも言えない。

 カフェを出ると、まん丸な月が目に入った。

 どうやら、今日は満月のようだ。


「やべぇ、団子食いてぇ」

「八尾っち、本気? さっきサンドイッチ食べてたじゃん」


 楽しそうにお喋りしている八尾さんと星井の後ろを、俺はぼんやりと歩いていた。


(瞑想+α……)


 だとしたら、その「+α」は何なのだろう。

 誕生日や名前ならまだいい。

 けれど、八尾さんが挙げた「夏樹さんとナツさんが同時に瞑想した結果」とかだったとしたら?


(たぶん「二度目」はない)


 再びふたりが同時に瞑想するなんて、どう考えてもあり得ない。

 つまり、八尾さんの仮説が正解だとしたら、いよいよ俺は夏樹さんをあきらめなければいけなくなる。


(それは嫌だ)


 もう二度とあの人に会えないなんて、耐えられない。

 うつむいたまま、俺は必死に頭をめぐらせる。なにか他の「+α」はないのか。できれば、そんな偶然に頼らなくてもいいものが──

 と、そこでいきなり腕を引かれた。驚いて振り返ると、ナツさんが何か言いたげな目でこっちを見ている。


「なんですか」

「……」

「……ナツさん?」


 うながすように名前を呼ぶと、ナツさんは不愉快そうに口を開いた。


「青野、もしかしてオレのこと嫌い?」

「……え?」

「そんなにオレのこと、元の世界に戻したいの?」

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