第1話

1.夢かもしれない(その1)

「ん……っ」


 そんなつもりはなかったのに、喉からおかしな声が洩れた。

 なんだ、今のは。まさか俺の声?

 というか、誰かが俺の両足に乗っかってる?

 いや、どこのAVだよ──と自分につっこみをいれながら、俺は恐る恐る目を開けようとした。


(……え)


 どういうことだ? 何も見えないんだけど。

 もしかして、布のようなもので目隠しされてる?

 その可能性にギョッとした俺は、すぐさま邪魔な布を外すべく右手を動かそうとした。

 なのに、動かない。

 だったら左手──いや、こっちもダメだ。無理に動かそうとすると、布地のようなものがグイグイと手首に食い込んでしまう。

 嘘だろ、縛られてるのか?

 でも、待ってくれ。俺の記憶違いでなければ、ここは学校の保健室のはずだ。

 朝から気分が優れなくて、ちょっとばかり休みたくて、ベッドで惰眠をむさぼっていたはずなんだ。

 なのに「両手を縛られている」? どうして?

 けれど、のんびり頭をめぐらせている余裕はない。だって今、俺の腹の上で誰かがごそごそと動いているんだ。

 しかも、この人物──さっきから俺のズボンのファスナーいじってないか? それを下ろすことで起こりえることといったら──

 答えが出たとたん、血の気が引いた。

 今度こそ、俺は死に物狂いで身をよじった。当然だ。自分の身に危険が迫っているのに、されるがままでいるバカがどこにいる?

 俺がいきなり動いたせいだろう、上にいた人物は「うわっ」と驚いたような声をあげた。

 相手は明らかに動揺していた。

 たぶん、今がチャンスだ。

 なのに俺は動けなくなった。

 だって──この声には聞き覚えがあったから。


「あーあ、起きちゃった。あともう少しだったのに」


 声の主は楽しそうに笑うと、俺の「俺」をズボン越しにゆるりと撫でた。


「大丈夫、気持ちよくしてやるだけだから。付き合って半年記念日だし」


 半年記念日? 誰と誰が?


(まさか、この声の主と俺が?)


 いや、それだけは有り得ない。だって俺たちは付き合っていないし、なにより「あの人」はこんなことをするような人じゃない。

 となると、やっぱりこれは夢だ。どうしようもない夢なんだ。

 ああ、なんという事態。ごめんなさい、夏樹さん。あなたをこんなふうに汚してしまうだなんて、義弟候補としてはあり得ない──

 と、俺の右手を縛っていた「なにか」がするりと外れた。

 チャンスだ! 俺は、すぐさま目隠しをはぎ取った。そうすればこの最悪な夢も覚めるに違いないと思ったから。

 なのに──


「えっ」

「えっ」


 俺の上に乗っていたのは、たしかになつさん──現在、俺と交際中のほしナナセのお兄さんで。

 しかも、このリアルさからすると、どうやらこれは夢ではないようで。


「……」

「……」


 呆然と目を見開く俺。

 俺の下着に手をかけたまま、なぜかフリーズしているお兄さん。

 沈黙、たっぷり10秒。

 それを打ち破ったのは、まさかの彼の悲鳴だった。


「ふぎゃああああっ」


 青天の霹靂とでも言わんばかりの声をあげて、夏樹さんは俺の顔をがしっと両手で包みこんだ。


あお、目──目、黒くなってる!」

「……はい?」

「だから、お前の目! 黒くなってるんだってば!」

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