第9話 楠聖女学院事件
今朝、私は別々の登校を提案したのだが、影守は護衛に支障が出るという理由で、こうして一緒に横に並んでの登校となってしまった。
「おはようございます」
「おはようございます。今日も良い天気ですわね」
「ええ、本当に」
笑顔で挨拶を交わす女子生徒達。誰にでも気さくな挨拶しているように見えて、実は決して挨拶を交わさない相手もいたりと、ウチの学校は極めて巧妙かつエグいスクールカーストができあがっている。この辺も影守にはしっかりと事前に説明したのだが、任務に支障がなければ重要ではないと彼女は甘く見ている節がある。それが少し心配だ。
「ご覧になって。あの御方、ウワサの編入生ですわ」
「ええ、ウワサ通りに美人ですわね。でも……なんであの子と一緒に登校を……」
「誰か教えて差し上げたらいいのに」
「そうですわね」
ヒソヒソと周囲で冷たい囁きが繰り返される。
「本当に意味がわかりませんね。わざわざ聞こえよがしに教えたいとまで言うのなら、回りくどいことをせず私に直接声を掛ければ済むというのに」
影守も外部の人間だからか、この学園の奇怪な部分が鼻についたようだ。
「それがここでは無作法とされるらしいのですよ」
「納得は行きませんが、ええ、覚えておきましょう」
教室に入ると、何人かの生徒が影守に挨拶がてら話しかけた。
「おはようございます、影守さん。確認させていただきたいのですが、伊吹さんと今朝はご一緒だったようですね」
「ええ、それが何か?」
「担任の先生から伊吹さんがたまたま隣の席に指名されたというだけのことですので、もっと他のクラスメイトを頼って頂いてもよろしいのですよ」
「そうですよ、あまり伊吹さん一人だけに負担を掛けるというのも」
「負担になっていますか、伊吹さん」
影守はこちらを向いて真顔で聞いた。そこで私に聞くかなぁ。
「いえ……ちっとも」
あからさまにクラスメイト達がムッとしてしまったが、影守が私を護衛しなければならないという任務がある以上、こちらから別々になるような返事はできない。
「だそうですが?」
「え、ええ。ですが、物には限度というものもありますし、伊吹さんは奥ゆかしい御方ですから」
「本心とは限りませんし」
「そうですとも」
「他人の心の中は、他人があれこれ勝手に決めつけるものでは無いと思います。他に用事が無ければ、次の授業の予習をしたいので、これで」
影守の毅然とした物言いに、鼻白んだクラスメイトはすごすごと引き下がった。
やっぱり、捜査官をやっているだけあって、度胸が違うね。私も少し見習おう。
勇気をもらった気分になっていた私だったが、それに冷や水を浴びせる事件は四時間目の調理実習のときに起きた。
「それでは湯煎で溶かしたバターの上澄みを取って、澄ましバターを作ります。各自、ガラスボウルでバターを溶かし、いったん冷蔵庫に入れましょう」
エプロン姿の鈴蜂先生が指示して、班ごとに分かれた生徒達が料理を作る。表向きは和気藹々と、裏では評価目的で真剣に、熾烈な勝負を演じている。しかし、すでにカーストの枠外にランク付けされてしまっている私はお気楽なものだ。
「じゃ、伊吹さん、あなたはこれをレンジに入れてくださる?」
「ええ」
下ごしらえの野菜が入ったガラスボウルを受け取り、電子レンジにセットして、ボタンをポン。
これだけで今日の私の調理実習の作業は完了しそうだ。
しばらく待っていると、ピー、ピーと結構大きな音で影守のスマートウォッチが赤く点滅し始めた。
何だろう?
クラスメイト達も何気なく手を止めて、影守に注目した。すると彼女がこちらに猛ダッシュしてくる。
「そこから離れてください!」
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