歌え未来警察!~何度ループしても婚約者が私に銃口を向けてくる件~

まさな

■第一章 未来との邂逅

プロローグ

 『最高に幸せな人とは、人生の終わりを始まりに結べる人だ』――ゲーテ


 その日、私の運命を変えてくれる少女と出会うなんて、夢にも思わなかった。

 遠くない未来、私の婚約者となる彼女。


 我が身を焦がすほど、生涯をかけて愛する人。

 今でも、彼女と過ごした一瞬一瞬が私の中で最高の輝きなのだ。

 これからもずっと。


 ◇ ◇ ◇

(2030/4/11 木曜日)

 ピーピーとけたたましい電子音、美しいハトの鳴き声、威勢の良いラッパの音。うねるように三種の不協和音が混ざり合い、さきほどから至高の眠りを妨げている。


 そこはステージの上。

 スポットライトがまぶしく照らしていて。ボーカルらしき人が観客に向かって何かを呼びかけ、声を張り上げ歌っていた。ドラムの低音が疾走し、ギターの高音が残響と共に舞う。アップテンポの激しい曲だ。

「「「おおーっ!」」」

 観客もそれに呼応し、曲のリズムに合わせながら、跳びはねる。

 ステージは大いに盛り上がっている様子だった。


『時代を超えて 絆は輝く

 闇を切り裂く 二人の意志 刻まれた誓いを 果たすため――』


『伊吹さん、準備が整いました。これより――で犯人を――に時空転送します。よく見ていて下さい』


 誰かがが私の名前を呼んだ。

 誰? 少女の声だったが、曲がうるさくてよく聞こえない。

 ステージの中央に凶悪なマスクをした男が進み出ると、何かを待つように上を見る。すると、そこに青色の光の粒子が集まり始めた。

 ……ああ、この光だ。

 いつも私が悪夢で見る光。

 嫌。この光は。

 早く起きて、さくら。このままだときっと私はまたあの夢を見てしまう。だから早く目を覚まして!


「うう、起きる、起きますってば、んもー、うるさいっ」

 我慢の限界に達してバシバシと勢いよく目覚まし時計を三つ止めた私は、ベッドから下りて…………寝る。グゥ……。

「って、今、何時!? あぁん、やばっ、遅刻じゃないですかぁ! のんきに寝てる場合じゃなかった!」

 急いでパジャマを脱ぎ捨て、楠聖女学院の制服に袖を通す。昨日は制服にアイロンを掛けるのを忘れてしまったけれど、どうか今日だけは服装チェックがありませんように! 先月やったばかりだから、大丈夫だとは思うけど。でもなぁ、ウチの学校、とっても意地悪だから、たまーに二週連続でやったりするんだよ。二週連続で服装チェック! そんなにいちいち服装の乱れをチェックしても、心の乱れまではわからないっての。証拠は私、証明終わりQED


『四月十一日木曜日、本日の天気は気温が平年より三度ほど暖かくなり、素敵な春の一日となるでしょう。双子座のあなたのラッキーカラーは黒と青。運命の人と出会えちゃうかも』


 リビングの大画面モニタに、のどかな朝のニュースが流れた。私は運命なんて信じてないけれど、このチャンネルの雰囲気が好きなので、いつも日課として流している。

「さてさて、私の運命の人かぁ。……うう、ダメだ、サッパリ想像できない……。時間と服装にうるさくなくて、優しい人がいいかもねぇ。あと家事も全部やってくれると最高!」

 とりとめの無い独り言をのたまいつつも、慌ただしく食パンをトースターに押し込んで、インスタントスープをマグカップにぶちまける。あ、ちょっとこぼれた。でも、掃除するのは帰ってからだ。


『なお、機材トラブルや交通事故には気をつけましょう。一時停止は必ず守ること。次のニュースです。先日、総務省に何者かがハッキングを仕掛けたという――』


「よし、トースト焼けた! じゃ、お父さん、お母さん、行ってくるね!」

 私は写真立ての両親にお出かけの挨拶を済ませると、玄関に向かって一直線にドタバタと走って向かった。うちはドアクローザー&スマートロックなので、閉め忘れを確認する必要も無い。あとは八時半までに学校の教室にたどり着ければセーフ。それで今日もまた何事もない平穏な日常が始まる。


 しかし、家を出て角を曲がろうとしたとき、私はドキッとした。

 そこにあるはずのないモノ――。

 角の向こうにチラリと見えたのは、今私が着ているのと同じ楠聖女学院のスカートだった。

 そんなはずは。

 普段この時間帯には、うちの生徒はいないのに……さては誰かが遅刻したのだろうか?

「それに、今……髪も私と同じ三つ編みのお下げで、まるで私だった……ように見えたけど、まさかね」

 鏡もカーブミラーもない十字路で、自分自身を見かけてしまったら――もうそれはドッペルゲンガーしかいないだろう。自分とそっくりの人間。姿を二度見かけると、死を招くという伝説がある。


 ま、きっと何かの見間違いか、迷信でしょ。


 恐る恐る角の向こうを覗いてみたが、もうその子はいなかった。

 普通に考えれば……たまたま同じ学校の、私に似た生徒がいたというだけ。

「うーん、ちょっとミスっちゃったね」

 食パンを咥えたまま道路を走っている、このあられもない姿を教師や同級生に見つかっては一大事なのだが、とっくにバスの時間帯は終わってズレているし、うちの学校は基本的にお嬢様学校で、遠方は寮生がほとんどだから目撃される心配をしていなかった。

 そこまでしてパンが食いたいか? と言われると実はノーなのだけれど、これはお父さんが朝ご飯はちゃんと食べなさいと言っていたから。学校に遅刻するかどうかよりも、健康が第一だもの。

「おっと、歩いている場合じゃなかった。遅刻する!」

 ひとまず、あれがドッペルゲンガーだったのか、それとも同じ学院の生徒だったのか、その謎は放置しておこう。

 未だ眠気と静寂に包まれた住宅街から、車の通りが多い大通りの歩道に出た。私の慌てっぷりとは無関係に、街はつつがなく普段通りの営みが始まっていた。

 変わることのない一定のリズムで人々が往来し、店が開店し、信号に沿って車の流れが脇を過ぎていく。

 ……きっとこの場所は、私がいなくても、何一つ変わることなく、これからも動き続けることだろう。

 それがどうしたと言われてしまえば返す言葉もないのだが、横断歩道の近くで朝の挨拶を交わしている子ども連れのお母さん達の笑顔を見てしまうと、私は無性に何か落ち着かなくなる。胸の奥が万力かなにかで締め付けられるように、あの笑顔が酷く痛い。

 私は走るスピードを上げ、平静をよそおって――女生徒が街中を全速力で走っている時点で装いもへったくれもないのだが――それでもうわべだけは平気なフリをしてその場から逃げだした。


 そのまま学校へ向かっていると、また気になるモノが目に入ってしまった。どうやら、運命の女神さまは、私を是が非でも遅刻させたいようだ。

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