チルチルミチルは空に行く

山神まつり

第1話

気が付くと、俺は宙に浮いていた。

浮遊感を感じながらも何故か体は安定していて、意識もはっきりしている。

その場ででんぐり返しをしてみても、不思議と見えないマットが敷いてあるかのように綺麗な弧を描いた。

びしっと着地を決めてポーズを決めたところで、視線の先に教室に取り付けられているスピーカーが目に入ってきた。もう少し高い位置にあったような気がする。

思わず下を見ると、クラスメイト達が机に向かっている。等間隔に並んだ机を上から見下ろすということはとても新鮮だった。教壇には担任の芝崎先生が無言で座っている。そして、今日が期末試験の一日目だったことを思い出した。

「え?テスト中?まずいじゃん。早く席につかないと―――」

その場で慌てて泳いでみると、教室内を移動できることが分かった。

「……そういえば、何で俺浮いているんだろう?」

そして、窓際の自分の席には何か置いてあるようだった。近くまで泳いでみると、黄色やピンクの花が飾られている。

ふと、隣の先の小山内さんを見やると、彼女は俯きがちで机を見つめていた。周りを見ると、皆テストをしていなかった。誰一人として視線を上げず、大声を上げず俯いて静まり返っている。

「……え?なにこれ」

教壇の芝崎先生が徐に立ち上がり、ゆっくりとこう言った。

「伊島に、黙祷しよう」

そして、俺を除いたクラスメイト達が目を閉じた。

俺はそこで自分が死んだことを知った。


記憶をたどってみると、俺は昨夜コンビニ前で石黒たちとからあげくんを食べて、そのまま自転車で帰路についたはずだった。次の日はテスト一日目で苦手な世界史と数Ⅱがあったので、急いで漕いでいたような気がする。歩行者信号が青だったので、周りを確認しないのでそのまま突っ切った。そこで右折してきた大型トラックと接触したような、気がする。

気がする、というのはそこで一切の記憶が途切れているからだ。

たくさんの血が流れて痛いとか、体中の骨が折れて苦しいとか、そういう死にかけている状況も体験していないので即死だったのかもしれない。

(俺の体、傷だらけだったのかな。母さん、泣いているだろうなぁ)

怒りっぽいけど、子供のことに関しては人一倍愛を注いでくれる人だった。俺が死んだら人目もはばからず大号泣してるだろう。だけど、弟も妹もいてくれるから大丈夫。一人ぼっちじゃないから、とりあえず安心だ。

クラスで黙祷したの後、体育館に移って全校生徒で一斉に再度黙祷を行った。あまり接点のなかったクラスの女子も何人か泣いてくれていた。ふと、石黒を見ると取り乱すことなく神妙な面持ちで前を見据えている。一年生の頃、出席番号が近くてすぐに仲良くなって二年生になってもつるむことが多かった。

少しは俺の死を悲しんでくれたりするんだろうか。

教室に戻ると、テストは行わず、解散することになった。テストは明日から行われることになったらしい。石黒もクラスの友人たちと会話をしながらいつの間にか教室を出て行った。その横顔はいつもと変わらず笑顔だったので、俺は後を追いかけることなく出入口のあたりを浮かんでいた。

俺の存在に気付かずに、クラスメイト達がすり抜けていく。

「ちょっと通れないからどいてもらえる?」

「え、あ、ごめん……」

後ろを振り返ると、顔面蒼白のまま目を大きく見開いているクラスメイトが立っていた。マズい、という表情を一瞬すると、そのまま顔を伏せて通っていこうとする。

「……深町さん、俺が視えてるの?」

名前を呼ばれると、深町さんはさらに足早に廊下を歩きだした。

「深町さーん!深町フミノさーん!視えてるよねー返事してよ」

深町さんは一階まで下りると、図書室を通過して人気のないトイレの前でピタッと止まった。勢いよく振り返ると、

「たくさん人のいるところで会話ができるわけないじゃない。頭おかしい人だと思われるでしょう?」

一気にそう口にした。

「あ、そっか。ごめんごめん。何もないところで会話していたら怪しまれるか」

「にしても、ぬかったーつい反応しちゃった」

深町さんは頭をわしゃわしゃと強くかきむしった。

「深町さんは、俺みたいな幽霊が普段から視えてるの?」

「……うん、小さい頃から嫌になるくらいにくっきりと」

「ぼんやりとじゃないんだ」

「私の祖母が東北でイタコやってて、母は霊媒師だから。女系にこういった霊媒体質が如実に出てくるの。だからどうしたって逃れられない」

「へぇーそうなんだ……」

そこで会話が途切れ、しばらく静寂があたりを包んだ。俺は所在無さげに浮かびながらもじもじと体を揺らしていたが、深町さんは我関せずとばかりにあさっての方向を見つめている。

「俺、死んだ感覚なくてさ……気づいたら教室に浮いてたんだよね。死んだらすぐにあの世に行く訳じゃないんだなぁって」

「この世に未練みたいなものがあるから、特にこの学校でやり忘れたこととかあるから成仏出来ないんじゃない?」

そう言いながら深町さんはちらりと俺を見上げた。早く話を切り上げて帰りたいというところだろう。俺は顎に手を当てて考えた。考えて、思い当たる節は一つしかなかった。

「多分、ていうか絶対、これしかないと思う。俺、想い人にちゃんと想いを告げていないんだ!」

深町さんは片眉をあからさまにひそめて、大きくため息をついた。

「まだ、誰かいるの?これで何人目?」

「そんな言い方ないだろう。俺はいつだって全力投球だし、本気だよ」

「死んでもなお、〈散る散るミチル〉の異名を貫き通すの?」

そう、俺は一年の頃からたくさんの女子に告白をしては玉砕をしてきた。惚れては振られる俺を面白がって石黒が名付けたあだ名が〈散る散るミチル〉というわけだ。因みにミチルは俺の下の名前だ。女みたいであまり気に入っていないけれど。

「……石黒くんも、応援しているんだか貶しているんだか分からない異名をつけて楽しんでるけど」

「石黒は、応援してくれていたよ。毎回、俺が好きになった子はどんな子か、彼氏はいないか、どんなものが好きかとか、ちゃんとリサーチしてくれるんだ」

「……そういうのは、自分で調べるものじゃないの?石黒くんのリサーチだって、整合性があるのか分からないまま告白しているんでしょう?」

あまりにも石黒を批判するような意見に、俺はむっとした。

「石黒はいい奴なんだよ。悪く言わないでくれ」

「はいはい」

何で俺が視えているのがよりにもよって深町さんなんだ。クラスでも友達がいないのか一人でいることが多かったし、俺が石黒たちと騒いでいると馬鹿にしたような目つきをよく向けていたことを思い出した。

だけど、他に視えている人がいない以上、しょうがない。

「それで、伊島くんが好きな人って?」

「……二組の里見レナさん」

俺がぼそっと呟くと、深町さんはすぐに首を振った。

「ちょっと!何ですぐに『無いわー』みたいな反応するの?!」

「だって、どう考えたって無理でしょう。不釣り合いだし」

「深町さんに判断されたくない」

「じゃあ一人で里見さんに想いを告げたらどう?」

「それが無理だから深町さんに協力をして欲しいってお願いしているんじゃん」

俺は深町さんの周りをぐるぐると旋回し始めた。

「……普通に考えて、どうやって想いを伝えるの?死んじゃった伊島くんが里見さんが好きだって言っています、とでも言うの?私だって変人扱いされるじゃない」

「手紙は、書いてあるんだ。俺の机の引き出しに入ってる。どうせ、付き合えないのは分かっているからさ、成仏する前に俺が好きだったってことだけでも知ってほしい」

「里見さんが、受け取らなかったら?」

「それはそれで、仕方ないよ」

深町さんはしばらく無言でいると、「分かった」と一言だけ呟いた。

「伊島くんがいつまでも現世にいられると、私の生活に支障が出てきそうだから協力する。ただし、どんな結果になってもきちんと成仏してよ!」

「えーそんなの俺が決められることなの?」

「気合でちゃんと成仏して!」

深町さんの必死の形相に、俺は思わず吹き出してしまった。

「わかったわかった。とりあえず、よろしくお願いします」

俺を見上げる深町さんに安堵の表情が浮かんだ。


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