そのダンジョンでは絡まれます Ⅲ

 アザリア・マルテ?!

 

 アザリアを先頭にした、長蛇のパーティーがこちらへと進軍していた。その圧巻の様相に睨み合う者達は呆気に取られ、茫然と見入ってしまう。

 

 最深層へのアタックか、あの大所帯は間違いない。

 

 15階の緩衝地帯オアシスをベースにして下へと潜る。上層はまだしも、下層、深層と力のあるメンバーが道を切り開き、エース級の力を温存しながら下へと向かう。人数、物量、全てを注ぎ込み深層、最深層へアタックを仕掛け、攻略するのが定石だった。


「邪魔して、すまんな。大丈夫だ。通ってくれ、最深層の攻略か? 凄いな」

「そうです⋯⋯だ。そ、それは犬です⋯⋯犬か? め、珍しいな」

「ぁあ⋯⋯これな。そうだ、雑種だ。変わったやつだろ」

「そうか⋯⋯か、かわいいな」

「そう⋯⋯? だな。あんたら、先を急ぐんだろう。行ってくれよ」

「はぃ⋯⋯ぁあ」


 中央都市セラタが誇る最大パーティーのリーダーとは思えない狼狽ぶりも、対立混乱していたグリアム達に、気にする余裕など無い。

 グリアムは、少し大仰に手を上げ【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】に道を開けた。

 熱を帯びていたイヴァンも倣い道を開ける。男達も強者の壮大な姿に当てられ、すごすごと道を開けた。のぼせ上った頭に冷や水を浴びたかのごとく、両者の熱は一気に冷めていく。強者の登場は、この場の空気を一変させた。


「あなた達はここで練習ですか?」


 アザリアはすれ違いざまに足を止め、イヴァンに声を掛けた。こんなちっぽけなパーティーの何を気に掛けているのか、グリアムには不思議に映る。


「はい。それとヴィヴィのランクアップです」

「そっか、頑張って。怪我には気を付けてね」

「ありがとうございます。アザリアさんも頑張って来て下さい」

「うん、ありがとう。またね」


 アザリアはこちらに微笑むと、また前を向く。狼人ウエアウルフは、冷ややかにこちらを一瞥して、盗賊ヴォルーズの女は、満面の笑みで手を振って見せた。

 

 あいつだ、こっちを張っていたやつは。あの野郎、こっち気が付いている事を知っていやがったな。食えねえやつめ。

 ん? あれ? あいつらは?

 

 三下のパーティー共は、アザリア達に紛れ、いつの間にか消えていた。きっと、アザリアと絡んだ事で、ヤツらの値踏みが間違っていたと判断したのだろう。

 

 やる事なす事全てが三流以下だったな。

 

 小さな【クラウスファミリア】が、【ノーヴァアザリア】の長い隊列を見送っていた。

 イヴァンは黙ってその様子を眺めている。圧巻のその姿に何かを感じていた。

 

 しかし、こりゃあ相当下まで潜るんだろうな。


 グリアムもまたその長い隊列を黙って見送っていた。


「グリアムさん」

「なんだ?」

「めちゃくちゃ悔しかったです」

「ああ、あのアホ共か。あの手の輩は、無視して放って置くのが一番だぞ」

「グリアムさんは悔しくないのですか?」


 イヴァンは隊列を見つめながら、悔しさを嘆いた。

 そんなイヴァンにグリアムは嘆息混じりで答える。


「ああ、ぜーんぜーん、悔しくないね。あんなのしょっちゅうだからな、いちいち気にしてられん」

「それは、あなたが強いからですか?」


 真っ直ぐにグリアムを見つめるイヴァンの瞳は、真剣そのものだった。その瞳から発する圧に、グリアムはまた大きく嘆息する。


 何とも青いと言うか、真っ直ぐと言うか、何と言うか。


「そんな訳あるまい。ただの荷物持ちシェルパだ。荷物を持って、案内するだけ。それしか出来ん。強い訳あるまい」

「そうですか⋯⋯どうすれば、今日みたいな事は起こらないで済みますか? 仲間を馬鹿にされるのは耐えられません」


 自分ではなく、仲間の為か。こいつは自分より他人の為に動けるのか⋯⋯そうか⋯⋯。


「⋯⋯まぁ、そうだな⋯⋯手っ取り速いのは【忌み子】じゃないシェルパに替えるとか?」

「それは無しです。他に無いですか?」


 あまりの即答に、グリアムは思わず面を喰らってしまう。イヴァンの声のトーンがいつもより、落ち着いているせいかも知れない。普段の柔らかな雰囲気とは違う、強い意志を纏い言葉に強さを感じた。


「⋯⋯そうだな⋯⋯アザリアの隊列を見てみろ。みんな、肩とか胸に紋章が付いているのが分かるか?」


 そう言うと、グリアムは眼前を通り過ぎる隊列を指差す。

 【ノーヴァアザリア】の紋章である女神アテーナの横顔が、隊列を組む潜行者ダイバーの胸や背中や肩に描かれていた。


女神アテーナの横顔」

「そうだ。リーダーがBクラス以上になると、紋章の作成を許される。それはひと目で強者と判る証になるって事だ」

「リーダーが強ければ、仲間に手出しは出来なくなる」

「そう言う事だ。そして、その証が有名になればなるほど、証は羨望の的となる。ま、Cクラスまでは簡単なんだ。だがB級となると、なかなかこれが大変なんだよ」

「なるほど」


 イヴァンの視線は、目の前を通り過ぎる女神の横顔をじっと見つめていた。


「なります」

「あ?」

「なりますよ。とりあえずB級に」

「言うねぇ~。まぁ、頑張れ」

「はい」


 こちらに力強く頷くイヴァンの表情は、いつもと同じ柔和な表情を見せた。やるべき事が見つかってスッキリしたのか、いつものイヴァンに戻りグリアムの表情も和らいだ。

 

 ただ、今のままでは深層の攻略は無理だ。ま、先の話だ、急ぐ事はあるまい。


 グリアムは隊列を見つめ、今はただイヴァンの思いを飲み込むだけにした。


■□


「やったぁ! 当たった。あ! また当たった」


 朽ちたスライムを前にして、小躍りするヴィヴィの姿にグリアムとイヴァンが視線を交わす。調子に乗ったヴィヴィが、次々にスライムを葬った。


「おいおい、何だって急に当たるようになった??」

「さっきの、ムカつくおっさん達の顔を浮かべながら撃ったら当たったよ」

「なっ⋯⋯まぁいいか。本物のおっさんは撃つなよ」

「うん。考えとく」

「ヴィヴィ、そこは考えるところじゃねえ、人は撃つな」

「えぇ~、でもさ、襲って来たらどうすんの?」

「それは人ではなく、敵だから撃っていいんだよ」

「うん? なんか都合よくない?」

「都合はいいさ、死にたくないからな」

「ふーん」


 納得したのかしないのか、懐疑的な表情を向けるヴィヴィから、グリアムは視線を逸らす。


「凄いね、ヴィヴィ。当たるようになったね」

「ウヒヒヒ、任せてよ。バンバン倒してあげる」

「あんまし調子に乗るなよ。下行くぞ」

「はーい」


 ランクアップの獲物を求めて、【クラウスファミリア】は下を目指した。

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