第3話 仮初

「皆の者、心して聞きなさい。……今朝、神託があった。近い内にこの村で生まれた者の内一人を、勇者に選ぶと」


 俺がギフトを授かった丁度一年後ぐらいに、村の皆を集めて神官がそんな話をした。


 勇者。それは世界を滅ぼす魔王を打ち倒す存在。ここ最近、魔物を良く見るようになったって話は聞いてた。だから魔王が復活したんじゃないかって噂も。


 勇者が現れるってことは、つまりはそういうことだ。始めそれを聞いた村の皆は困惑し、不安を浮かべた。だが俺は違った。俺だけは確信し、その未来に震えていた。


 ギフト持ちが羨望されるのは単に特殊な能力を持っているからというのもあるが、過去に勇者に選ばれた人間は、選ばれる前から必ずギフトを持っていたというのも理由の一つにある。そして更に勇者は、その誰もが複数のギフトを持っていたという。


 ──この村で複数のギフトを持っていたのは、俺だけだった。


「また、勇者が選ばれる際は今回のように神託を──」


「神託を待つまでもない! 勇者は俺、カイナだ!」


 自信満々に、ギフトを授かって以降ずっと抱いていた優越感を表に、俺は神官の話を遮り前に出て名乗りを上げた。


「この村で一番ギフトを持っているのは俺だ! 皆も知ってるだろう? 俺以外に、誰がいる!」


 胡乱な目線を向けるヤツは少なかった。ガキがガキ丸出しの発言をしていても、複数ギフト持ちへの特別視はやはり強かった。


「俺が勇者だ!」


 そして、自分達の村から勇者が生まれるという輝かしい未来が、俺を担ぎ上げるという選択を後押ししたんだろう。


 村の皆がそれぞれ俺の発言を肯定するのを聞いて、更に確信する。


 俺は特別な人間であると。


「俺は逃げない! 勇者となるその日まで、出来る限り己を鍛え、魔王と戦う!」


 出まかせじゃなかった。少なくとも、俺はガキなりに命を懸けて戦うつもりだった。


「だから……そんな顔をするな、サフィ! お前もここに居る皆も、全員俺が守る!」


 村の皆の表情が明るくなっていく中、一人俯き暗い顔をしていたサフィが目に映り、俺はそう宣言する。


「……う、うん」


 慌てたように顔を上げ、頷いたサフィの絞り出したような笑顔は、今思えばどこまでも半端な表情だった。





 ☆




 この森は広く、付近に小さな山があることから街道から離れるにつれて地形が不安定になる。


 少し探せば一晩を隠れて過ごすのには十分な洞穴が見つけられた。中へ入り、外からは見えない場所でここに来るまでに集めた枝木を基に火を熾す。


「慣れてるんだね」


「散々やってるからな」


 俺が熾した火の近くに腰を下ろすと、サフィはその横に少し離れて座った。俺が火の前に置かれた携帯食料を手に取ると、サフィもそれに倣い水の入った皮袋をおずおずと手に取り、口を付ける。


「……カイくん、覚えてる? 昔、村の近くの山で迷子になったの」


「覚えてるよ。あれは迷子ってより遭難だったが」


 ギフトを授かる前の話だ。大人達に近づくなと言い付けられていた山に村のガキ共で遊びに行って、結果として俺とサフィだけが遭難した話。


「私がみんなと離れちゃって、カイくんがそれに気づいて迎えに来てくれて、その間に他のみんなが動いちゃってて……大変だったよね」


 遭難は夜まで続いた。異変に気づいた村の大人達が捜索に来てくれるまで、俺とサフィは山を彷徨った。今思えば死んでてもおかしくなかったな。


「あの時も、こんな風に洞穴で休んでたなって。火は熾せなかったけど」


「……そうだったか?」


「うん。私は覚えてる。ノロマでどん臭かった私に、カイくんは最後まで側に付いててくれたから」


 昔の話だ。俺は出来事や光景は良く覚えてはいないが、その時抱いていた感情は覚えている。


 俺はコイツサフィを何としてでも連れ帰られければならない。そもそも山へ行こうとガキ共を唆したのは俺だったからというのもあるが、使命感のような、責任感のようなモノを抱いていたと思う。


「ずっと覚えてるよ。全部。他にもこんなことがあったよね」


 そうして俺達はぽつぽつと取り止めない話をした。携帯食に手を付け、枝を火に放り込み、時折洞穴の外へ意識を向ける。


 最初に追加した枝が燃え尽きた辺りだろうか。横から聞こえる声が徐々に途切れるようになった。目を向けると、サフィ目は細まりうつらとうつらとしていた。


「眠くなっちゃった……さっき、途中で起きちゃったから……」


 今回の勇者を眠りの勇者と呼ぶヤツが居るらしい。その呼び名は正しくサフィは昔から良く、時に場所を問わず俺の横で眠っていた。


 ……いや、正確に言えばどこかのタイミングでそうなった、ような気がする。


「カイ、くん……」


 何を言おうとしたのか最後に俺の名前を呼び、俺の肩にもたれ掛かるようにサフィは眠った。


 しばらく、火が弾ける音と静かな寝息を聞いた後、俺はサフィの身体を壁に寄り掛かるように動かす。


 そして、懐から一本のナイフを取り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る