第9話
将来の夢についての話をする。
今の時代、人が自由にものを決められるようになったことで、道を決めることに対しても努力するようになった。
はっきりと定まっていなくても、懸命に将来の道を探そうとする。夢があれば、進むべき方向が定まり、そこに向けて行動する意欲が湧く。しっかりと足を前に出せるなら、同時に現在の不安も取り払える。誰だって幸福をつかみ取ろうとしている。
『北沢陽介』も同じだった。
引きこもりでもお金を得られるよう、例えばネットで情報を集めてアフィリエイトという手段を知りブログを書きまくって結局挫折したり、例えば親に半ば愚痴のように「将来どうしたらいい」と泣きついて一緒に公共職業安定所へ行ってみたけど人と話すのが苦手過ぎて面接まで行けなかったり、何より、例えば布団の中にもぐってうんうん唸りながら「自分は何のために生きているんだろう」なんて答えのない問いをめぐらせたり。まぁ、頑張っていたということだ。
前世では、『親が死ぬまで生きる』以外を決められなかったが、その原因の一つとして、陽介の憧れていたものが、現実で叶えるのが不可能だったからというのがある。
端的に言えば、彼は『ファンタジー世界の住人』や『異能力者』になりたかった。娯楽に支えられた影響もあるだろう。好きなことと言われてぱっと思いつくのが、マンガやアニメの世界で活躍することだった。
フィクションの力はすごいらしく、感動できる作品を見て生まれるゾワッとした感覚は、自分を前向きにしてくれる。そう陽介は思っていた。
もっと掘り下げると、陽介は物語の『主人公』ではなく『重要な脇役』になりたかった。性格上、中心で目立つように活躍するのは好みではない。
強大な敵がいたとしよう。
非道な手段をとる徹底された思想や、何万の軍勢を屠る力、総じて、誰もが脅威を感じる敵対者がいたとして、物語の主人公はそういう相手を、時に瀕死の状態から立ち直り、時に秘められた力を覚醒させ、戦いの中で心をも成長させて勝利を手に入れる。
エンディングで安寧が訪れ、主人公たちはささやかな祝いの場をひらく。ヒロインから好意を向けられ、添い遂げる場合もあるだろう。
もし陽介がそんな物語の『重要な脇役』になれたなら、彼は次のような光景を思い描く。
強敵を前に心が折れてとどめを刺されそうになる主人公を、ギリギリのところで攻撃を防ぎ、奮い立たせる存在を。
覚醒した主人公が戦地に赴くまでの時をたった一人でかせぐため、身体を張って強敵に立ち向かい、ボロボロになってでも立ち上がる様を。
ささやかな祝いの場で仲間に囲まれている主人公を、少し離れた場所で眺めながら酒を片手に微笑む姿を。
主人公がヒロインに告白するところを、他の仲間とこっそり覗いて楽しみつつ、後で「おめでとう」と笑って言える関係を。
つまり、フィクションという夢に対する具体的なイメージがあり、『重要な脇役』という確かな憧れがあった。
ただ、具体的なイメージは幻想の世界。同じ場面を再現するのは中々に難しい。地球における日常もので活躍したいシーンがあればよかったのだが、どうしても理想とかけ離れてしまうものだ。
しかし、今は関係ない。
今度こそひねり出す。
生まれ変わって最後のチャンスをもらった以上、悠長なことは言っていられない。現実の世界で自分がやりたいこと。自分の理想像。それを見つけて達成してこそ、自己肯定感は上がって自責の念もなくなる。幸せに近づく。
夢は二の次で、とにかく成果を出すという考えもあるし、現に卓也は走り込みをしているわけだが、散々挫折をしている卓也からすればBプランでもCプランでも、あらゆる策を講じたいのは当然。利用できるものは利用した方がいい。
そんな卓也は先日、明日香に行きたいところを聞かれたわけだ。
ゆえに彼は日曜日の昼、本屋にいる。
「んー、みつからないな……」
目の前にあるのは幅が五メートル以上の大きな棚。広大といえるそれらはクリーム色に塗装され、明るさと若干の可愛さを見せる。
棚に並び立つは、数え切れないほどの本。それぞれ彩色の違う背表紙が、出版社ごとに集まってカラフルに賑わう。簡単に倒れないようにする目的もあるのだろう。本棚の下部は平台になっており、たくさんの新作が平積みされている。
タイル床の上をウロチョロしながら、卓也は本とにらみ合いをしていた。
(本がビニールテープで封をされていない……が、高校生のころに近場の本屋で立ち読みして注意された記憶がよみがえる。冒頭くらいは読んでもいい気はするが、それも注意されればできなくなるし……ってはいはい、マイナスに考えない! )
探したるはライトノベル。主人公はヒーロー(ヒロイン)を陰から支える相棒や軍師のような立場がよい。魔法を駆使して強大な敵を倒し、最終的には世界の危機に立ち向かう。そんな王道ファンタジー。
――ではなく『日常もの』を探していた。
自己肯定感を上げるためにどんな人間を目指すか。参考になる理想像を探していた。今度こそ、現実的に可能な理想像を。
マンガを買うことも考えたが、あれは一巻で区切りよく終わることが少ない。小学生でお小遣いすらもらえない現状では文庫本が望ましい。
そういうわけで先ほどから小説欄を物色しているわけだが、どれもピンときていない。でてくる人物の何かしらが納得できない。
(いま手にしている本は、カーストの低い男の子が心機一転してリア充を目指す物語。序盤はどうすれば変われるのかを理屈で説明して、恐らく、クライマックスではキャラの感情をしっかりと伝えるんじゃないだろうか。それができたなら、読者に納得と感動の両方を与えるすごい物語になる、と思う。……だけど、俺はリア充よりも、我が道をためらいなく進む強さをもちたい)
(さっき見たのは、周囲から怖がられている本当は優しい青年が、ふとした出来事をきっかけに徐々につながりを得ていく話。だけど、冒頭を読んだ限り、主人公に救われるヒロインの悩みがかなり深刻になっている。自分が求めているのは日常的な立ち回りだ。そもそも俺自身が女の子とのつながりを求めているかどうか……)
(何らかの仕事や趣味に没頭する物語は登場人物の熱がすごく伝わってくる分、目標の定まってない俺は気後れしてしまうところがある。不思議系が少しでもまざると読みたくなくなるのは厄介なところだ。胸が痛くなるほどのラブコメは小学三年生には早すぎる。今の俺はおもしろいことに性欲自体がないし、この時点で恋すらできるかどうか)
『これがいい』と確信を持ちたい。妥協などしたいはずもない。
(……だが、どれも面白そうではある。買いたい)
腹にたまっていた空気を外に出して、卓也はパタンと音を立てる。たくさんの人が作り上げた英知の結晶。とりだした本を、わずかにある隙間に戻すのは苦労した。
「何か気に入ったものはあった?」
タイミングを見計らっていたのだろうか。明日香が近づいたことに気づかなかった。
見た目は子供であるため、保護者の引率は避けられない。先ほどから明日香と加依には時間をつくってもらっていた。
卓也の直前のため息ももしかすれば、本の内容を理解できないからと思われたかもしれない。であれば好都合と言えなくもない。
「なんかかっこいいけど、かんじがぜんぜんよめない」
「だよねぇ。そろそろカフェに行ってみようか。背伸びする必要はないと思うよ」
真後ろには、絵本を両手で抱えた加依が小首をかしげている。ここらが潮時だろう。後でまたこればいい。
「ごめんね。まっていてくれてありがとう」
「大丈夫よ。そんなに気にしなくていいのよ」
「おれいはだいじだっておとうさんがおしえてくれた」
意識しないで言葉を交わすとどうしても大人びて見られがちだ。しかし、子供の演技に力を割く余裕はあまりない。難しいものだと視線をそらす。
三人で並びカフェへ向かう途中、加依は明日香と手をつなぎながら笑っていた。普段の加依は十分すぎるほど大人びている。
持っている絵本といい、年相応の彼女が見れたことに少しばかりほっとした。
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