フラポテ勇者〜異世界でフライドポテトを1日3食100年間食べ続けても死なない身体を手に入れた男の英雄譚〜

ねむたい

第1章 『フライドポテト』って日本でしか通じないってマジ?

1話

1-1

 ――ティロリ、ティロリ、ティロリ


 毎朝を憂鬱にさせる無機質な目覚まし音ではなく、完璧で究極な大好物アイドルが仕上がる、あの有名なフライヤーアラートが鳴り響く。

 男田おとこだ六男ろくおはグリンと目玉を動かし、カッと覚醒した。


「……第一営業日、フライドポテトの日だァァァ!」


 涎まみれの机に突っ伏して寝ていた六男は、背後に椅子を倒し猛然とした勢いで立ち上がる。

 しかし、彼の目の前に広がる光景は、見慣れた輝かしい朝日が照らす、書類の霊峰としかばねと化した同僚たちが転がったオフィスではなかった。


「ようこそ、選ばれし異界の客人よ。ここは「ここは! 秋葉原駅前ナクドマルドの店内じゃないか!」


 窓際の席から覗くビル丸ごとの電機店と、十字に重なった高架線前の広々としたタクシープール。外は明るく時計は12時を指しているのに、『N』が散りばめられたお洒落でポップな装飾の店内には閑古鳥が鳴いて、何故か2階にあるレジにはスタッフすら見当たらない。小粋なジャズが店内を流れ、芳しいファストフードの香りが漂うも、よくよく見れば階下に降りる階段がない。

 誰がどう見ても異常な空間。しかし、月に一度の生きる糧を前にした彼にとって、それらは些末さまつなことであった。


「いや、ここは貴方の記憶の中で「店員さん! 店員さーん! Sポテ1つ! 出来れば今揚がったやつで!」


 飛び跳ねながら六男は誰もいないレジに突撃し、身を乗り出して迷惑極まり無く叫ぶ。

 口が、全身が、脳みそが、彼らの到来を今か今かと待ち望む。サクッとした軽い歯触りの後にじゅわっと広がる香ばしい油、味を際立たせる丁度良い塩味と、最後にジャガイモオレ様を忘れてもらっては困ると登場する。

 靴紐のように細く長く成形したジャガイモを、短時間で黄金色に揚げた彼らの名は。


「この世で一番うまいシューストリングのフライドポテトを食べさせてくれ!」


 その時、六男の後頭部に一発の衝撃が走った。「いってー!」と叫びながら頭を押さえてとっさに振り返ると、真後ろに立っていたのは。


「す、すみません、手荒なことをして! でも時間がないんです。私の話、聞いてくださーい!」


 長い白髪と病的なまでに白い肌、糊の効いた黒いビジネススーツとプリーツスカート、三徹開けのような目の下に刻まれたしつこい隈。怯えた表情をしているも、たった今振り下ろしたかのように、りんごのイラストが描かれたノートパソコンを両手に構えている若い女が立っていた。

 六男ははっと表情を変え、両手を脇に上半身を倒して「すいまっせん!」と角度90度の美しい謝罪をした。


「よ、よかった……私のこと、見えてはいるんですね」


「オレ、フラポテのことになると周りが見えなくなっちゃって……どうぞどうぞお先に」


 ぺこぺこと頭を下げつつレジ横に逸れた六男に、女は不可解そうに小首を傾げた。


「順番抜かしなんてセコいことやっちゃダメっすよね。じいちゃんが生きてたらどやされるところだった」


「いやいや、私は客じゃなくて……」


「え? まさか店員さんすか? じゃあSポテ1つとチキナゲ、バーベキューソースで!」


 「だからその前に話を聞いて」と、頭痛が痛そうな表情の彼女は、再び席に着くよう六男の背中を押した。

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