第47話

「実際、あなたたちの目から見てどうすればいいと思う?」


 別れたらいいと思う、とは口が裂けても言えない。というのも、私の口が「わ」になったあたりで澄河さんにはギロリと睨まれた。


「やっぱり、まずは話し合うことが大切だと思います」


「話し合い、ねぇ……」


 澄河さんはそう言うが、真琴ちゃんはかなりお話にならないところがあるので、話し合ったところでどれほどの効果があるだろう。かといってビンタもシカトも現状いたずらに真琴ちゃんに泣きべそをかかせるだけだ。そこで私に電撃走る。妙案がびりりと脳を突き抜けた。


「こんなのはどうでしょう、天野先輩」


「何か思いついたの?」


「はい。要は、真琴ちゃんにジゴロを反省させればいいんですよね」


「え、ええ……」


「だったら、天野先輩がジゴロしてるところを真琴ちゃんに見せつけてやればいいんです。それで真琴ちゃんが嫉妬するようなら、自分の振る舞いの何がマズかったか分かるんじゃないでしょうか」


「でも、すみか。そんなの……」


「わ、私には無理よ!そんな、ジゴロだなんて……」


「まあまあ、私に考えがあります」


 ☆☆☆


 十数分してから、私たちは天野先輩を連れて真琴ちゃんの待つ教室に戻る。


「おーい、真琴ちゃ〜ん」


「ああ、すみかちゃんたち。首尾はどう……」


 嬉しい報告を待っていたであろう、真琴ちゃんは私たちの姿を見て固まった。


「真琴ちゃん、どうしたんのぉ?」


「よ、様子が、変ですよぉ?」


「だ、だって、キミたち……」


 真琴ちゃんは口をぱくぱくさせている。無理もない。今、私と澄河さんは、天野先輩の腕に抱きついているのだ。これぞ私が考えついた妙案。すなわち、「ちょっと目を離している間に可愛がってる後輩が最近口を聞いてくれない彼女に誑かされて子猫ちゃんにされちゃってる大作戦」だ。


「あ、綾……?こ、これはいったい……」


 天野先輩は返答しない。というよりあからさまにそっぽを向いている。この作戦は天野先輩が真琴ちゃんの言動に反応したらおしまいだ。


「ねー、せんぱ〜い。こんな人ほっといて遊びに行きましょうよぉ」


「そ、そうですよ。わ、私、綾先輩のクッキー、食べたいなー」


 どうも澄河さんはぎこちないが、真琴ちゃんにショックを与えるには十分だ。というか私にこんな、こんな……なんだろう?とりあえず、なんかを自然に演じる事が出来ている。我ながらこんな才能があるとは思わなかった。


「そ、そうね」


「ま、待って……」


 真琴ちゃんは戸惑っているが、作戦はこれでは終わらない。


「あー、綾せんぱーい」


 助っ人を呼んでおいた。先の舞台でアカデミー賞ものの侍女Cを演じ私の中で主演女優賞を獲得し、ゆくゆくはジュリエットにもなるであろう和製オードリー・ヘップバーンこと、我らが野上栞ちゃんだ。


「あ、あら、栞ちゃん」


「すみかちゃんずばっかりズルいですぅ〜。私も混ぜてくださいよぉ」


 さすがは栞ちゃん。私のそれに引けを取らない演技力だ。


「も、もう、しょうがないわね。みんなで楽しみましょう。えーっと、私たちの愛の巣で。誰かさんはほっといて」


 ちなみにこの一連の台本を書き上げたのは栞ちゃんだ。こんな頭の悪い台本をものの数分で書き上げ、かつ今どき愛の巣なんて言葉が出してくるとは、薄々知ってはいたが私が思っていた以上のスキモノだ。


「い、いやぁ、綾ぁ……」


 そして真琴ちゃんの反応は想定以上だ。さあ、問題はここからだ。真琴ちゃんがただ脳を破壊されたと泣くばかりで終わってしまうのか、それとも天野先輩が望むように反省して悔い改めるか。しかし、ここで返答を待っていては演技であることがバレてしまう。心を鬼にして継続あるのみだ。


「ねぇ、せんぱぁい」


「ど、どうしたの、和宮さん?」


「和宮さん、なんていやぁ。すみか、って呼んで?」


「わ、私も……」


「いや、でも、ふたりともすみかちゃんだから……」


「えー?じゃあ先輩はぁ、私とこっちの澄河、どっちが好きなんですかぁ?」


「……です、かあ?」


 澄河さんはもう限界が近い。顔が真っ赤、いや深紅だ。


「えーっと、そ、そんなの、え、選べないわよ。えー、どっちも、私のかわいい子猫ちゃん、だからね」


「えー、私はぁ?」


「も、もちろん、栞ちゃんも、よ?」


 天野先輩もそろそろまずそうだ。顔が引きつっている、というか痙攣してるみたいだ。


「一体どうしたんだ、綾……。へ、変だよ、そんな、子猫ちゃんなんて歯の浮くようなセリフ、嫌いだったはずなのに……」


 自覚がないのだろうか。

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