第23話



 まず俺達の目に飛び込んで来たのは、小洒落た店構えの雑貨店だった。


「雰囲気いい感じ! ねぇ、中覗いていかない?」


「確かにいい感じだな……」


 今日の俺は彼女のサンドバックだ。

 言われた言葉に肯定こそすれど、意見反論などしてはいけない存在だ。


 明るい雰囲気の店内には様々な商品が並んでいる。

 女子ウケしそうなお洒落で可愛いアクセサリー類はもちろんのこと、食器や文房具、カラフルな小物類など品揃えは豊富で前世ではドラックストアや量販店が精々だった俺には、眩暈がしそうになるほどの情報量だ。

 正直言ってパステルカラーと可愛い小物でいっぱいのこの場所は、陰キャで男性の俺には毒の沼地に等しかった。


「ねぇ、見て見て!」


 などと小走りで駆けだしたかと思えば、陳列された商品を手に取って「可愛い」「綺麗」などと言って目を輝かせている。

 何にでも興味を持つその姿は、ペットや幼児を見守っているような気持になる。


 初めて会った時は怒りからクール寄りの印象が強かったが、ストレスからくる幼児退行も合わさってか今日の成嶋なるしまさんは、より一層年頃の少女っぽさを感じる。

 初対面の時のクール系? 美少女の面影は見た目以外残っていない。


「これとっても素敵じゃない?」


「ん、どれだ?」


 すっかり距離が離れている成嶋なるしまの後を追う。


「ほらこれよ」


 そう言って見せて来たのは蝋燭だった。


「蝋燭……ああ、アロマキャンドルか……」


「遅っ! 真堂しんどうくん認識遅い」


仕方がないだろう? 陰キャの成人男性にとってアロマキャンドルなんて遠い存在、語彙としては知っていても実物を見る機会なんてオカン以外に存在しないのだから。


「どうして花の女子高生がお洒落な雑貨店で蠟燭をかわにゃならんのだ」


「それは確かに……でも蝋燭なんて仏壇か誕生日ケーキぐらいでしか見ないけど……」


「もう少し女の子と係わったらどう? 彼女ぐらい欲しいでしょ?」


「確かに欲しいけどさ……」


 普通の転生ならなんの問題もない。

 しかし、ラブコメの世界の悪役に転生した俺にとっては恋愛にかまけている暇は残念ながらないのだ。

 今は兎に角、悪役と言う役割を捨て去ることだけを目標にしている。


「……あー何か訳アリな感じ?」


「まぁそんなところだ」


「じゃぁこの話題終了。何かごめんね気分悪くさせちゃって」


「気にするな……」


「じゃぁこれ買おうかな。アロマの香りってけっこう効くって言うし……」


「いいんじゃないか?」


「じゃぁ買ってこようかな?」


 二人でレジの方へと向かう。

 成嶋なるしまがアロマキャンドルをレジに乗せる。

 俺は財布を取り出した。


「すみません。それプレゼント用にお願いします」


「ちょっと!」


「かしこまりました。包装致しますので少々お待ちくださいませ」


 店員はニヤニヤとした笑みを浮かべると、慣れた手付きで素早くラッピングを施す。


「買ってもらうなんて悪いよ……」


「クラスで助けて貰ったお礼と……さっき空気を悪くしたお詫びってことで」


 何か言いたそうにしているが、店員さんと他のお客さんが居る前で喚くほど子供ではないようだ。


 学校が始まって僅か数日で、クラスから近寄りがたい存在として認識されるような俺がこんな行動をするとは思っていなかったようだ。


 まあ俺自身も柄じゃないことをしている自覚はある。

 前世を含めた今までの人生、ロクな人間関係を築いてこなかったと言う自覚がある。


 だから、加減が判らない。


 クラスでのボランティア活動を決める時、悪役と言う役割に負けそうになった時のお礼がしたいのも本当。

 さっき雰囲気を悪くした罪滅ぼしがしたいのも本当のことだ。


 多分、先輩風を吹かせたい。

 彼女の前では恰好付けたいのだ。


 庇護する対象でも、好感度を稼がなければいけない間がらでもない。

 このラブコメの世界において数少ない対等に近い関係。


 支払いを済ませると、綺麗にラッピングされたアロマキャンドルを手渡しする。

 可愛らしい色のリボンがあしらわれた可愛らしい箱で、赤くなった顔を隠す。


「あ、ありがう。し、真堂しんどうくんすっごく嬉しいよ」


「そ、そうか喜んで貰えたなのならプレゼントしたかいがあるよ」


 前世を含めて他人にプレゼントするなんて初めてで、実はけっこう緊張していたが、成嶋なるしまが喜んでくれたようでほっと胸をなでおろす。


 だがしかし問題もあって……お洒落な雑貨店には年頃の女性が多く集まるのは必然だ。

 そして今俺達がいるのはレジ前、そんな場所でラブコメのワンシーンのような出来事繰り広げていれば、ギャラリーから注目を浴びるのは必然だった。


 周りの客は微笑ましいものを見るような、温かな視線を俺達に向けてくる。それが俺には無性に耐え難いものだった。


「い、行くぞ?」


「う、うん」


 俺に手を引かれることで、周囲から向けられた視線に気付いた成嶋なるしまは頬を赤らめると、目線を逸らして一緒に速足で店を退店した。




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