第7話



 憑依してから初めての登校、つまり痴漢撃退の翌日。


 周囲に同じ制服を着た生徒はいるものの、少しだけ場違いな気持ちなる。

 それは何も俺の中身が成人男性だからという事実だけではない。


 創作物特有の胸元と腰回りをやたら強調した制服が、酷くコスプレ感を強めているからだ。

 二千年代前半の過剰なヒモ通称『萎え紐』や、フリル過多の制服やデカリボンと比べれば、コルセットのような乳袋は別に嫌いじゃない。


 右を見ても左を見てもアニメで見た世界が広がっているのだ。

おのぼりさんムーブしてしまうのは仕方ないことなのだ。

で、同行者が不審がるのもまたしょうがないことで…


「やけにキョロキョロするじゃない」


「いやまあ、その……」


「初めての登校する新入生でももう少し落ち着いてるわよ」


 ホントに初登校ですありがとうございます、とは言えないので誤魔化すことにする。


「いや~可愛い子多いなぁと思って……」


「ふ~ん。そうなんだ」


 そう言ってスタスタと歩いていく成嶋なるしまさん。

不味い。昨日必死に調べたけど、配布物に乗っていたクラス番号しか判らないため、下駄箱に名前が書いて無ければ俺は詰みだ。

 成嶋なるしまさんは俺のことを知っている見たいだし、出席番号とか下駄箱の場所まで知らないかな? と考える。

 

「ちょっと待ってよ」


「待たないわよ!恥ずかしいじゃない

“昨日” “二人揃って” “学校を休んだ男女の登校” よ? こんなの数え役満じゃない」


「ぐ……」


 確かに言われてみればそんな気がしないでもない。

 状況証拠だけ見ればそう見えなくもない。

 

「そう言う事だから……じゃぁ」


 そう言うと彼女はスタスタとその場を後にする。


 一年生の下駄箱に辿りつくも、クラスと出席番号が振ってあるだけで名前は何も書いてない。


コンプライアンス的な問題なのだろうか?


 仕方ないので靴は下駄箱外に置いて靴下のまま廊下を歩いていく……

 HRと一時間目の間になれば99パーセント靴は下駄箱に入っているハズ、と言う事は残りの空いている下駄箱が消去法で俺の下駄箱と言う訳だ。Q.E.D.。


 と言う訳で自分のクラスに足を進める。


 教室のドアは換気のためか、物臭な生徒が多いのか前も後ろも空いている。

 教室のドアに張り付けられた座席表を見るにどうやら俺の席は、前の方のようだ。

 因みに成嶋なるしまさんも同じクラスのようだ。


なるほど、それであんなに嫌がっていたのか……


「はぁ」


 思わず短い溜息が口から洩れた。

別に面倒だとかうっとうしいと思っている訳ではない。

自分のせいではないのに不用意に注目されるのが嫌いなだけだ。

 

 比較的空いていて視線が集まりにくい後ろのドアを潜る。

少し姿勢が悪いことを自覚しているので、胸を張って歩き始める。


 教室に入ると複数の視線が俺に集まるのを感じる。

好奇心と品定めと言ったような視線に少し不快になる。

そんな視線を弾き返すように軽く教室内を見渡すが、見知った顔は存在しない。

 

 機械的に名簿順で割り当てられた座席は、登校時間が早いため三割程度しか埋まっていない。

残りの生徒もトイレや同じ中学の奴のクラスや座席に話に言っているのか、はたまた遅刻ギリギリ登校してくるチャレンジャーさんなのだろう。


 俺も昔は遅刻ギリギリ登校派だった。


 俺は鞄から教科書等を机に入れ、鞄をロッカーに仕舞って、廊下側の少し前の方にある自分の席に座る。


 そんな中、物語定番の窓側後ろの席では既にラブコメが繰り広げられていた。

黒髪黒目の冴えない男子生徒が、目を見張るほどの美少女達と談笑している。


 S級美少女とか、学園のマドンナと言うのは彼女達を形容する言葉なのだろう。

 目を引く容姿とオーラを併せ持つその風体は正にネームドキャラ。そのなかでも、登場頻度の高いキャラであることを疑う余地はなかった。


「ねえ祐堂ゆうどう今日の晩御飯は何かな?」


「今日は義母さんの帰りが早いっていってたから多分義母さんが作るんじゃないかな?」


 などと義理の姉弟きょうだいとして有名な若松姉弟きょうだいが談笑している。

 ここまでならまだ日常風景で、彼らの関係性と話題を無視すれば仲の良い男女の会話でしかない。

 しかし、義理の姉弟きょうだいが同じクラスそれも前後と言う時点でラブコメの波動をひしひしと感じる。


「だったら今日は遊びにいきませんか?」


「私も混ぜてくれないかしら?」


 一人集まればまた一人と綺麗な女子生徒が増えていく。

 これがラブコメの世界。


 姉、同級生、先輩。

 元気系、ダウナー系、ツンデレ。

 黒、茶、金髪など、


 実にバラエティ豊かなヒロインの顔ぶれは正にラブコメ世界。

 主人公を中心に作られた理想の箱庭だ。


「うん。やっぱり『幼馴染を寝取られたので努力したらハーレムが出来た件』の世界だ……」


 先の展開を知っているからと言って無双しようにも、主人公の回りで起きる事件しか俺はしらない。


アレ?……もしかして詰んだのでは


 こんな事なら俺をリアル学生時代に戻して欲しかった。

キタ〇ンブラックやゴールド〇ップ、ディー〇インパクトの人気に投票し、リアルマネーGetだぜと言えたのに……

せめてやり込んだファンタジーゲーム世界なら、知識チートが使えると言うのに


 俺は目の前が真っ白になりそうだ。


 しかし、この程度は想定済み。

 何とか致命傷で済んだ。


 昨日の段階で俺は薬とハーブをキめ、対策を講じている。

『しんちょう』特防↑特攻↓ 努力値HD252、B4と言う特殊耐久調整は済ませていると言うのに……(冗談)。


 奴ら(主人公達)が居るということは、間違いなく『幼馴染を寝取られたので努力したらハーレムが出来た件』の世界なのだろう。その悪役に転生した事と、今までのやらかしは既に確定事項なのだ。

初日の朝結論付けた言動に注意し、上手く立ち回れば悪役と言う役割を回避できる、そんな淡い希望は打ち砕かれた。


 幸いまだ一学期で四月、本格的にクラスで孤立するには間があったはず。


 後はどうやって破滅フラグを回避するかだ……



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