店じまい

高巻 渦

店じまい

 おや……いらっしゃい。

 参ったな、今日は客を入れない予定でね。私としたことが、入口にプレートをかけ忘れていたのか……ああ、いやいや、こんな辺鄙な所までせっかく足を運んできてくださったんだ。あいにく商売はできないが、あんたさえ良ければ、私の身辺整理に付き合ってくれないか。

 座りなよ。そこの椅子、使って構わないから。


 ところであんた、ここが何の店か知ってて来たのか? なに、知らない? お洒落な雑貨屋かと思ったって?

 残念。見ての通り、雑貨屋ではないな。

 ここはしがないオヤジが一人で切り盛りしてる、ちんけなレンタルショップさ。

 と言っても、結構儲かってはいるがね。あんたがテレビで観たことあるようなタレントや歌手なんかも、時々私の店に来るんだ。嘘じゃないさ。

 え? レンタルショップにも見えないって?

 確かに、DVDやCDなんかが並んでるわけじゃないから、あんたの言うことも、ごもっともだ。うちが貸し出しているのは、ちょっと特殊な代物だからね……気になるかい。

 私がレンタルしているのはね……人の行動力や懐疑心、強かさや脆弱さ、それら全ての源である精神──つまり、メンタルを貸し出しているんだ。うちは強いものから弱いものまで多種多様に揃えているから、客足が絶えないんだ。

 じゃあなぜ有名店じゃないのかって? そんなの簡単さ。メンタルを操作できるなんて店には、得てして他人に言えないような、複雑な事情を抱えてる人間が集まるもんだ。そんな店が大都会の一等地に構えてあっても、逆に入りにくくて儲からないだろ? 片田舎の辺鄙な場所で、細々とやってる方が都合が良いんだよ。


 レジの奥に、−100から+100まで番号が振られた小さい球があるだろ。あれが貸し出し用の「メンタル」さ。

 コンビニのタバコみたいって? 百害あって一利なしのあんなものと一緒にしないでくれ。こっちは持ってるだけで効果てきめん。貸し出し期間は一週間で、七日以内に店頭まで持って来てくれれば、延長も受け付けてる。

 レンタル料金は、振られた数字に一万を掛ければ良いだけさ。例えば85を選べば、プラスでもマイナスでも一週間で八十五万円。

 値段が高い? メンタルを操作出来るんなら、安いもんだと思うがね。

 どれくらい効果があるか、ねぇ……私は使ったことがないからなんとも言えないが、−100は、ちょっとからかわれただけで涙が止まらなくなる。逆に+100なら、目の前で両親が死んでもなんとも思わない。そんなところじゃないか。


 さて、お喋りはこれくらいにして……身辺整理の続きをしないといけないな。

 そこに三十枚ほど書類が残ってるだろう。それは過去にこの店を利用した客のデータでね、それを一枚ずつ私にくれないか。なに、順番はバラバラで構わないよ。あんたがピンと来たものから順に、渡してくれれば良いさ。


 一枚目はこれで良いのか? どれ、見せてみな。

 春野千佳。つい最近卒業した人気アイドルだな……その驚いた顔はやっぱり、芸能人がここに来るって話を疑ってたな。まあ、これで信じてくれたようだから良いんだが。

 へえ、あんた、この子のファンなのか。なら、ひとつ面白い話をしてやろう。

 私はここを訪れた客全員に、必ずやってることがある。それはその人間の通常時のメンタルを数値化することだ。健全な精神を持ってる人間の数値は、大体45から60前後なんだが、そんなマトモな人間がここへ来るのは珍しい。

 例に漏れず、春野千佳のメンタルも20と、かなり低かったんだ。気丈な振る舞いでアイドル界のカリスマなんて呼ばれて、人気を不動のものにしていた彼女からは考えられないだろ? ここまで言えばもうわかるよな。

 端正なルックス、甘い歌声──メンタル以外は完璧だった彼女は、大きなライブやイベントが迫ると、決まってこの店を訪れた。そして毎回五十万円を出してメンタルをプラスし、完全体となって大舞台に挑んでたのさ。

 春野千佳を偽りのアイドルと見るか、アイドルの鑑と見るかはあんたの自由だが、彼女はここへ来るたび、伏し目がちな表情で言ってたよ。

『私を応援してくれてるファンのために、完璧でいたいから──』

 また話が長くなったな、二枚目を取ってくれ。


 二枚目は……なるほど。あんた、意外とミーハーだな。

 元政治家の近藤隆弘。こいつも最近、世間を騒がせた男だったな。

 彼の通常時のメンタルは85。それは脅威的な数値だった。ここへ来たときの横柄な態度も相まって、まさしく厚顔無恥を絵に描いたような男だと思ったよ。

 彼は百枚一組にまとまった札束を二つレジに投げて、−100のメンタルを二つレンタルした。あとはあんたも知っての通り、近藤外相当て逃げ事件についての号泣謝罪会見に繋がるってわけだ。

 あの一件から、彼に同情的な意見をちらほら見かけるようになった。ネットじゃ被害者を叩く奴まで現れたって話だ。まったく、ふざけてるよな。

 メンタルの貸し出しをしないという選択肢はなかったのかって? ……こっちも商売だからな、いくら悪用されるとわかってても、目の前に二百万ぽんと出されたらねぇ……そんな怖い顔すんなよ。次、行こうか。


 三枚目は……へえ、今度は芸能人でもお偉いさんでもない一般人か。ミーハーって言ったこと気にしてんのか? ただ、こいつはこいつで結構訳ありなんだな。

 平野紗耶香、三十一歳。彼女は上司からのパワハラに悩むOLだった。

 彼女は自分がメンタルの弱い人間だと思っていた。きっと例の上司に、日頃からそう言われてたんだろうな。

 しかし彼女のメンタルの数値は、平均値だったんだ。健全なメンタルを持つ人間がそれほど弱るってことはつまり、上司からのパワハラがそれだけ凄惨だったってことだ。

 それを知ったときの彼女は涙を流してたよ。怒りで涙を流す人間を見たのは、後にも先にも彼女が初めてだったな。

 で、だ。例に漏れず彼女も「メンタル」をレンタルしたわけなんだが……どれを借りたと思う? ……+25か、先の二人と違って彼女はただのOLだし、経済的にも妥当な答えだな。でも不正解だ。平野紗耶香は、貯めてた貯金をほとんどはたいて、−85を借りたんだ。

 高い数値を買うにしても、パワハラに抗うならプラスを買うはずだって? そうだな、私も最初はそう思った。でもな、彼女は違ったんだ。

 一週間後、彼女は妙に晴れやかな表情でここへやって来て、言った。

「お借りしていたメンタルを紛失してしまいました」

 ってな。それで全部わかったんだ、数日前にOLが会社の屋上から身投げしたニュースを、私は観ていたからな。

 彼女は−85のメンタルを、自分ではなく例の上司に持たせたんだ。精神が薄弱になった上司にこれまでの鬱憤をこれでもかとぶつけた。それを苦にして上司は飛び降りた、ってわけだ。恐らく貸し出したメンタルは、上司と一緒にビルから落ちて砕けたんだろう。

 そんな曰く付きのデータがこれさ。顔色が悪いな、大丈夫か?

 紛失した−85のメンタルはどうしたのかって? ちゃんとレジの奥に並んでるだろ、私の手にかかれば、案外簡単に作れるのさ。


………ふう、これで最後か。手伝ってくれてありがとうな。それと、私の思い出話に付き合ってくれたことにも感謝するよ。

 あんたがここに来たとき、今日は商売しないと言ったけど、何かお礼はしなくちゃな。そうだな……−85のメンタルを、無料・無期限で貸しといてやるよ。

 ああ、心配するなって。箱に入れてあるから今は手に取っても効果はないさ。あんたが使いたいタイミングで、使ってくれれば良い。

 実は今日でこの店、畳む予定だったんだ。国の偉い人たちに目を付けられててね、最近はこの商売もやりづらくなってるのさ。

 なに、またどっかの片田舎の辺鄙な場所で小さく店を構えるさ。返却は、あんたがそこを見つけたらで良いよ。


 さてと、湿っぽいのは性に合わないから、私も最後に自分の商品を使ってみるとするか。まぁ、+30くらいで良いだろう。

 ……なるほど、初めて使ってみたが、こいつは良い商品だ。客足が途絶えなかったのも頷けるな。


 そうだ、一つ言い忘れたことがあったんだが……メンタルにはひとつひとつ名前が付いててな、あんたに渡したその−85の名前は「ヒラノサヤカ」っていうんだ。


 大事に使ってくれよな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

店じまい 高巻 渦 @uzu_uzu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ