第3話 龍神との出会い
さらに奥へと進めそうな道は限られていて、迷うことはなかった。これまでの道でも思ったことだが、手つかずの山のようでいてなんとなく人の通る道筋がある場所だとフェイは思った。
暫く歩いた先に見えたのは、少し開けた湖だった。空が少し広く見える、歩いてきた道よりも明るいところだ。
「綺麗なところ……」
美しい水辺にうつる花嫁衣装の真っ白い羽織がなんだか場違いに見えた。フェイは少し恥ずかしくなったが、ここで脱ぐわけにもいかない。
歩き疲れた足を休めるのに適当な木の根に腰掛ける。ふう、とひと息つくと、さわさわと涼しい風が吹いてくる。
思わずその気持ちよさに目を閉じると、自分という存在は森の中に溶けて消えたような気持ちになった。
「お前が私の妻となる者か?」
突然聞こえた声に驚き目を開くと、何の音もしなかったはずなのに、フェイの目の前には真っ白く美しい龍が居た。
「……あなたが、龍神様?」
「人はそう呼ぶ」
龍は湖の上にふわふわと浮き、じっとこちらを見つめていた。よく見ると体表はなめらかな鱗で覆われていて、淡く光っている。柔らかな白い光が水面に反射するのが眩しいが美しい。
フェイは楽に座っていた姿勢からその場に跪き、頭を下げる。
「御目通り感謝いたします。フェイと申します。龍神様の妻となるために参りました」
「…………ふむ」
龍は声とも溜め息ともとれぬ音を発してしばしフェイを見つめていたが、ふいにその長い身体を翻したかと思うとフェイのすぐ目の前に近寄ってきた。
「おいで、私の背に乗りなさい」
「……よろしいのですか?」
「? 私がそうしなさいと言うのだ」
「お、仰せの通りに」
戸惑うフェイは龍の言う通りにその広い背に乗りあげる。
「落としはしないが、人を乗せるのは久方ぶりだ。きちんと掴まっていなさい」
「はい」
フェイは龍の身体のどこと呼ぶ場所なのかもわからぬが、首元から伸びる毛のような部分を掴む。痛くはないかと心配したが、人の手でどうこうできるような強度ではないと触って理解した。
ふわりと浮かび上がり、空を泳ぐように飛翔する龍に乗る感覚はこれまでにないものだった。少し怖いが、こんな場所から外の世界を見渡すのは初めてだし、白き龍はすぐそばで見ても美しく、フェイは恐怖よりも知らないものに触れることに胸が高鳴った。
少しすると、山間に建つ小ぶりな屋敷のようなものが見えた。それは造りはかなり古いもののようだったが、やけに綺麗だった。
屋敷の前に着くと、龍はそっとフェイを降ろしてくれた。
「……ここは?」
「私たちが住むところだよ。私は普段あまりここを使わないが、昔から嫁いできた者たちと過ごすために使われている屋敷だ」
「……驚きました。山の中にこんな立派な屋敷があるとは」
「中にお入り」
龍はそう言ってから、自分が入れないことを思い出してハッとしたようだった。人のために作られたようなそこは、門は広いものの中は龍が過ごすには小さいだろう。
「……ふむ、久しぶりなので忘れていた。おまえ、目を覆っていなさい」
龍はそう言うと、フェイは素直に袖で目を覆う。そうしていてもわかるくらいに眩しく光ったかと思うと、龍が「もういいよ」と言ったときにはもう彼はなんと、人の姿に変わっていた。
「龍神様は、人になれるのですね」
「ああ。私は変化があまり得意でないから、半端な姿になってしまうが」
確かに龍の言う通りその姿は完全な人間ではなく、するりと伸びた角がそのままになっているし、髪は人のそれとは違った質感の毛だった。喉や手などに鱗の名残があるし、肌は人肌とは違いなめらかでしっとりとしているようだ。
「どちらの御姿もお美しいです」
「そうか」
龍は部屋の中にフェイを連れて入り、適当に座るように促した。
「フェイと言ったか」
「はい」
「フェイは人ではないのか?」
「いいえ、人と人の間に産まれましたので……この角は、突然変異としか言えず、私に特別な力はございません。ただの人です」
「それは、私のものによく似ている」
「確かに、そうですね」
フェイの右額にある白い角は、龍神のものとよく似ていた。大人になるにつれ長く太く伸びてきていたが、龍神と比べると小ぶりなものだと思える。
「人の子にそのような変化が見られるのは、昨今では珍しかろう」
「はい。かつては稀に見られたとか」
「そうだな。私や他の精霊たちと人間がまだ親しくしていた頃にはよくあることだった。本当に始めの頃は、私たちに境はなかったから」
この龍はいったいどれほど長く生きているのだろう。フェイは思った。
「人が龍を神として境ができた。種族は離れていき、次第に龍は畏怖の対象となり、今がある。そんな世においてその姿では苦労をしただろう」
「……大変なことがなかったと言えば嘘になります。けれど、よいこともたくさんありました」
「……ふむ、ならば良かった」
フェイは龍を見たのは初めてで、けれど今こうして向かい合って話しているのが不思議だった。
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