異世界職安~職業相談、お受けします~

川上 とむ

第一報:サラリーマン


 俺の名はレナード。


 大陸の端に位置するグリタニカ王国。その城下町にある職業安心相談所……通称『職安』で、相談員として働いている。


 国の中でも最大規模を誇るこの相談所には、なんと異世界担当の部署がある。


 手当がつくとはいえ、誰もが配属を嫌がる部署だ。そんなところに、俺はかれこれ10年近く勤めている。


「さーて、今日もバリバリ稼ぎますかね」


 出社してタイムカードを切ると、俺はあてがわれた部屋へと向かう。


 一日のほとんどを過ごすことになる部屋は狭く、年季の入った机の上には古びた電話が一台置かれているだけ。それ以外は書類の入った戸棚があるくらいで、実に殺風景だ。


 業務開始時刻が近づく中、コーヒーでも淹れようと立ち上がるが、それと同時に目の前の電話がけたたましい音を立てた。


「……まだ始業前だってのに、せっかちな野郎だな。どこのどいつだ」


 俺は一旦浮かせた腰を戻し、ため息まじりに受話器を取った。


「はいはい。異世界職安です」


「……は? 残業がきつい? おたく、職業は?」


「サラリーマン? よくわからないが、残業代とやらは出るんだろう? なら、やる気も出るってもんだ」


「サービス残業だと? そんなサービスはやってねぇって言って、さっさと帰れよ」


「他の皆も残ってる? 知るかよ。人は人だ。さっさと帰って酒飲むんだよ。給料出ねぇ残業なんてクソ食らえだろ」


「社内の評価に影響が出る? その程度の会社、残業してもしなくても変わらねぇよ。気にするだけ野暮だぜ」


「ブラック企業だ? ああ、最近その単語、よく聞くな。悪の組織なんだろ」


「それは言いすぎだと? いやいや、このご時世、魔王軍のほうが待遇いいぞ。週休三日で残業なし。年休もきちんともらえる。子どもが生まれたら、出産祝金まで出るんだぞ」


「魔王軍が羨ましい? おたく、どれだけ劣悪な環境で働いてるんだよ」


「うん? まだ相談したいことがあるだと? ハゲ課長から理不尽に怒られるのが辛い?」


「そういう時は心ん中で『今日もハゲしく怒ってらっしゃいますね』とか思えばいいんだよ」


「……笑ってんじゃねぇよ。元気出たか? なら、また明日から頑張れ。じゃあな」


「……ふう」


 通話を終え、受話器を置く。


 わかってくれたと思うが、今かかってきたのが、いわゆる『異世界からの電話』だ。


 この相談所も、普段は騎士や商人といった、普通の仕事をしている奴らの相談を受けているんだが……なぜかこの電話だけ、別の世界に繋がっちまってる。


 なんでも、異世界の『ネット』とやらに、うちの電話番号が載っているらしい。迷惑な話だよ。


 次の電話が鳴らないのを確認し、俺は今度こそコーヒーを淹れようと席を立ち、隣の給湯室へと向かう。


 本格的に異世界からの電話がかかるようになって5年ほど経つが、その相談は増える一方だ。


 おかげさまで、俺も異世界にずいぶん詳しくなった。


 向こうは毎朝、クソでかい鉄の馬車に人が押し込まれ、職場まで運ばれる謎の儀式があるそうだ。


 あとは……なんだったか。さっきのサラリーマンって職業の中に、イエスマンとかいう上級職があるんだったかな。


「レナードさん、おはようございます」


 そんなことを考えながらお湯が沸くのを待っていると、金髪美女が挨拶をしてくれた。


 こいつはニーナ。俺の部下だ。


「おう。おはようさん」


「出勤と同時に電話対応に追われていましたね。まったく、営業時間は守ってもらいたいものです」


「そういうことは、直接あちらさんに言ってくれ。それよりニーナ、お前もだいぶ異世界に詳しくなったし、そろそろ電話番も二人体制にしねぇか?」


「残念ですが、私は経理と書類整理が担当です。それに異世界から電話がかかってくるのは、あの一台だけですし」


 メガネの位置を整えながら、その奥の瞳で俺を睨んでくる。


「そりゃそうだがよ。結構ひっきりなしにかかってくるんだぜ? 昼飯を食えないことも……」


 ――そんな会話をしていると、再び俺の部屋の電話が鳴る。


「そーら、またかかってきたぞ。ニーナ、コーヒー任せた」


 俺は飛び跳ねるように部屋に戻ると、再び電話を取ったのだった。

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