episode14.赤い糸(悲恋もあるよ)

  俺––山瀬やませ 海斗かいとの幼馴染の春樹はるき結菜ゆいなは校内でも有名なバカップルである。


 俺たち三人のもう一人の幼馴染、古井ふるい かえで。そして、友達の神崎かんざき りんが描く、恋心の一話に過ぎない。




 病院を出た後、俺は近くにあった川のほとりに座り込んだ。水が流れる音と、小魚の散らす光が孤独を感じさせる。


 みんなには悪いことしたかな。でも、やっぱ無理なもんは無理だ。川の流れに抗う魚影をみていると、後ろから春樹に声をかけられる。


「川のほとりって、海斗はカエルか何かか」


「カエルと帰るで掛けてんの?レベル低すぎだろ」


「レベル低すぎって、鼻くそとタヌキで掛けてんのか。上手いな」


「何と何で何が掛かったんだよ」


 笑いを堪えながら振り向くとそこには神崎さんの姿もあった。何か言いたげにこちらを見ている。だが、先に口を開いたのは春樹だった。


「無理に楓の話を聞く必要は無いけどさ、楓の想いには向き合う必要、あると思うぜ。嫌いなら嫌いでしょうがないけど、なら本気で言葉にしなきゃだめだろ」


 急に春樹が真顔になる。何が言いたいかは何となくわかってる。春樹は俺が楓のことを嫌いだと思っているが、別にそんなことない。大間違いだ。


 それでも、俺は自分可愛さで目を逸らし続けてる。俺が何を言おうか迷っていると、春樹は追い討ちと言わんばかりに畳み掛けてくる。


「実は分かってるんじゃないか? 楓はともかくとして、神崎さんとか赤井さんからも好意を寄せられてるの。海斗がそれでハーレム気取りするような奴じゃないのは知ってるけど、だからっていつまでもこのままでいいわけないぞ」


 春樹は俺を思って、言ってくれてるのは分かってる。恐ろしいほどに。


 でも、言葉にしたら、誰かを傷つけるじゃないか。俺が傷つくじゃないか。第三者は黙ってろよ。俺がそんな言葉を吐き出す直前だった。


「山……海斗くん。私、海斗くんのことが好きです。付き合いたいとか、デートしたいとかいっぱいありますけど、今は海斗くんの想いが知りたいです。教えてくれないですか?」


 俺の考えなんか踏み躙って、答えを急かす神崎さんを睨んでしまう。冷たい空気で出ていったけど、こうなるなんて考えてなかった。


 楓に久しぶりに会って鬱憤がたまっていたのもあったからか。いつもなら我慢できるはずの言葉を吐き出してしまった。それは、春樹の問いと、神崎さんへの答えが入り混じった、酷く汚いもの。


「俺も分かんねぇよ! なにがこのままじゃダメだ。俺の想いとか考えたくねぇよ。なんで俺が神崎さんを好きって言ってるか、お前ら知らないだろ」


 その理由は、酷く利己的で、自己満足や欺瞞を含んだ汚物の塊。


「楓を忘れたかったからだよ。人助けのたびに怪我を増やして帰ってくる楓を、俺は手当するしか出来ない。笑えるだろ。俺は何もしちゃいないのに、心ばっかすり減って。恋心も分かんなくなって、楓を忘れたかったから、ただ隣の席になったってだけで俺は神崎さんが好きってレッテルを貼った」


 実際、好ましいとは思う。でもそれ以上でもそれ以下でもなくて、所詮友達。その程度でしか考えられない関係。


「俺が好きなのは紛れもなく楓なんだよ。神崎さんが好きってキャラを作れば、この苦しさも忘れられるかなって……」


 神崎さんが俺を好き何じゃないかってのは薄々、ぼんやりと感じてはいた。嬉しくないわけじゃないけど、楓を忘れる道具として扱った時点でこれからどうこうできる権利なんてない。


 せめて、せめて俺を嫌ってほしい。俺みたいな人間は嫌悪されて当然で必然なんだ。だから、胃から絞り出すように毒を吐いた。


「神崎さんが好きなんて嘘だよ。ただ、その方が都合が良かっただけだから」


 俺は言い終わったぞと言わんばかりに息を吐いた。春樹は信じられない顔をしていて、俺は笑いたくなる。


 ここまで人を騙して、傷つけて、結果何も変わっちゃいない。なんなら余計酷くなった。結菜なら、春樹なら、もっと上手くやれたのだろう。自分の気持ちに向き合って。でも俺はそれが出来ない。自分の無力さに嘲笑する。


「山瀬くん……そっか……。やっぱり天秤にすらかけられてなかったんだね」


 涙を浮かべ、走り出す神崎さんの顔を見て、心が軋む音がした。


「そんな言い方ないだろ! 何でわざと傷つけた! お前……神崎さんが好きじゃないのかよ……」


 春樹が俺の胸ぐらを掴み、声を荒げる。


「別に誰のことが好きだろうと春樹に何か言われる筋合いはないだろ」


「そういうこと言ってるんじゃない。神崎さんはお前がOKしてくれるかもって、想いを伝えてくれたんじゃないのか?!」


「それは春樹が勝手にそう思ってるだけだろ。俺は神崎さんに好きって伝えたことは一度もない」


 それだけは徹底してきた。いくら俺でも、本人に嘘をつくことは出来なかった。だから本来、神崎さんが俺に告白しなければ、何もなく丸く収まるはずだった。


 なんで今になって告白まがいのことをしてきたのかすら分からない。どう考えたって今は無理だろ。俺の機嫌だってあからさまに悪いし、目の前に春樹だっていた。


「そもそも、傷つく覚悟がないのに告白する方が悪い」


 俺の正論に、春樹は舌打ちをして神崎さんの方に走って行った。手持ち無沙汰になった俺は、ふらふらと楓の病室に向かう。


 多分、俺の恋心ってやつはもう歪なものしか受け入れられない。目の前で好きな人が血だらけになっていく悪夢。嫌いになりたいのに、想いは強くなっていくばかり。


 これ以上自分が傷つくのが嫌で、最悪の選択をした。自嘲しながらドアを開けると、泣き喚く楓と、背中をさする結菜が抱き合っていた。


「何やってんだよ」


「何でここにいるの? 凛ちゃんは?」


 楓は俺の質問には答えず鼻水ジョバジョバで聞いてくる。


「別に。てかなんで泣いてんの?」


 俺が川にいる間に一体何があったのか。


「だって、二人が両思いだから……私の温め続けた恋心は、報われないんだなって……」


 楓の言葉に、何となく起こったことが理解できた。楓と神崎さんが二人とも、俺を思ってくれてるってことを話した。それに、春樹が俺の好きな人は神崎さんだと喋り、俺に告白しにきたわけだ。


「んなわけないだろ。ずっと、俺が好きなのは楓だったよ。楓が俺のことを好きになるよりも前から」


 温めて、温め続けてた愛の言葉は、声に出しても既に焦げていてる。捻くれ者の、精一杯の告白。


「本当に? じゃあなんで……なんでメールも無視するの? 話も聞いてくれないの?」


「楓が傷つくのを見たくなかったからかな。俺は楓が好きだから、怪我した話とか聞きたくないし、危険なことに飛び込んで欲しくない。過保護だってのもわかってる。でも、傷ついてほしくないんだ」


 どこまでいってもそれだけだった。神崎さんとの諸々とかも、結局はそこに通ずる。


「じゃあ付き合ってくれる?」


「ああ、でも、俺は楓に傷ついてほしくない。それだけは分かってて欲しい」


「うん……分かった」


 一度止まったはずの涙がもう一度ぶり返す。楓は泣きながら結菜に泣きついた。


「良かったね……。あのさ、海斗、私は全部分かってて黙ってたけど、神崎さんには謝りなよ」


 結菜の説教が、俺の心をチクリと刺す。でも、春樹が要らないことを神崎さんに言わなければ、何も起こらなかったはずじゃないか。


「言いたいことは分かるよ。春樹が海斗に騙されて神崎さんを励ましてた。元凶は春樹なのかも知らない。でも、謝らないと、友達にすら戻れないよ?」


「友達って……そんな権利俺にあるわけないだろ。結菜は知らないけど、俺はさっき故意に神崎さんを傷つけた。せめて嫌いにさせてあげようって……だから、やっぱり無理だよ」


 俺の嘆きに、結菜が答える寸前、病室のドアが開かれた。


「うっせぇ、お前がガチで性格悪い根暗でも、偽りだらけのでも、幼馴染ってことには変わんねぇんだよ」


「鼻くそとタヌキで掛かったじゃねーか」


 あと、根暗鼻くそは言い過ぎだからね? 春樹の影から神崎さんがのろっと出てくる。


「山瀬くんが私のことどう扱ってたって、私を振るという結果が変わらないんだったら、友達のままって過程も変わらないじゃないですか。私は大歓迎ですよ」


「なんで……?」


 相当ひどいことを言ったはずだ。したはずだ。なのにどうして?


「春樹くんが言ってくれたんです。俺が海斗を20発殴るから許してくれって」


 神崎さんが言い終わったとともに春樹が腕をぶん回しながら走ってくる。あっ……。まあ、ここ病院だし何とかなるか。


 その後、病院には二十回分の悲鳴が鳴り響いたと言う。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る